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【書評】

忘れられた黒船 後藤敦史 著

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◆米国の大きな歴史観示す

[評者]平川祐弘=東京大名誉教授

 よく知られている通り、ペリー提督は一八五三年七月に浦賀にあらわれ、翌五四年三月に日米和親条約を締結して去った。ついでアメリカ合衆国は北太平洋測量艦隊を日本に派遣した。その船隊は一八五四年十二月に鹿児島湾、翌五五年の五月に下田、六月に北海道を訪れたが、その黒船を率いる司令官がジョン・ロジャーズ海軍大尉で、それなりに幕府を恐慌におとしいれたらしい。箱館では「(日本人にとって)条約は、貿易をするためのものではなく、遠ざけるためのものである」などと報告を書いている。

 本書は、ペリー来航とその三年後に下田に到着した米国初代総領事ハリスとの間に、日本近海にあらわれたこの海軍軍人について、アメリカ側の資料も用いて調べたもので、歴史上の端役(はやく)を忘却から救い出したことに意味がある。しかし対日遠征の系譜の上だけでロジャーズを語るなら、歴史の脇役を論じたにすぎず、じきに本書も忘却されるに相違ない。

 だが著者は、ロジャーズ大尉その人を調べるとともに、一七七六年の建国以来、米国が太平洋とその向こうの世界をどのように認識していたか、その歴史的膨張の背景をスケッチした。本書の見どころはむしろそちらにある。

 というのも、かつて邦訳されたハリスの日記など、来日以前に立ち寄ったシャムの記述などは略され、読者の視野が日米関係の局部に限定されていた。そのため、米国の東洋への進出−いわゆる「明白な天命」と呼ばれた米国人の大きな歴史観を読み取ることを難しくしていた。

 それに対し本書は、米国の太平洋進出構想とは何であったかを、ロジャーズ以後の大陸横断鉄道や蒸気船などの交通革命をも念頭において、世界大のややおおまかな見取り図と広いタイムスパンの中でこの「忘れられた黒船」を語っている。その辺に旧来の国史学者の日米交渉史研究の枠を踏み越えた新しさが感じられた。

(講談社選書メチエ・1998円)

<ごとう・あつし> 1982年生まれ。京都橘大准教授、幕末政治・外交史専攻。

◆もう1冊 

 佐藤雅美著『大君の通貨』(文春文庫)。幕末期、日本から経済的利益を得ようと暗躍するハリスやオールコックらの姿を描いた小説。

 

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