東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書評 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書評】

ヘンリー・スティムソン 回顧録(上)(下) ヘンリー・L・スティムソン&マックジョージ・バンディ 著

写真

◆核兵器管理を戦後の軸に

[評者]越智道雄=明治大名誉教授

 トランプが大統領に躍り出てきたのは「戦後の世界統治パラダイム」の磨耗(まもう)の隙間からだった。このパラダイム構築の主役の一人が本書の主人公スティムソンである。歴史を人物から見るのは幼稚とされるが、彼を通してこそ歴史の筋肉組織が見えてくる。彼は、ローズベルトとトルーマンの陸軍長官として欧亜の戦局を司(つかさど)り、ジョージ・マーシャル将軍はじめ周囲に集めた希有(けう)な人材を駆使してパラダイムの礎を築いた。人材の結集は危機になされる典型で、傘下の人々はアメリカ人の極相的人格のお手本を示して壮観だ。

 一方、マッカーサーやド・ゴールのように癖の強すぎる人物たちは、本書の主人公やマーシャルの敵役だが、主人公がマーシャルを「無私の人」と讃(たた)えた場面では列席の将官の間に感極まって号泣する者がいた挿話は有名だ。

 戦後パラダイム構築の核は、まさに核兵器管理だった。原爆は私たちには広島・長崎でゴールになるのに、主人公にはその先がある−日本上陸作戦の回避、来るべきソ連との核競争、国際間の枠内で核兵器管理を貫徹する手法の開発等々。彼は戦闘よりも占領地での「軍政」を重視したが、彼のこの傾向はかつてフィリピン総督として歩んだ慎重極まる足取りの余韻だった。

 彼のお手本は、英国の植民地統治の「無私戦略」を突き詰める手法だった。しかし、戦略的には日本は真珠湾よりパナマ運河空爆を選ぶべきだったとする軍略家の側面もあった。いや一九三九年時点ですら貧弱だった自国兵力(兵力十七万余、先込め銃あり)を、彼は兵力千六百万余に激増させ、最新兵器を装備する原動力になった。

 トランプの登場ゆえに、本書は改めてパラダイムの新たな意義をわれわれに突きつけるのだ。なお回顧録完成に協力したマックジョージ・バンディは、スティムソンの特別顧問を務めたハーヴェイ・バンディの息子で、ケネディの国家安全保障担当補佐官、いわゆるベスト&ブライテストの典型だった。

(中沢志保・藤田怜史訳、国書刊行会 (上)4968円(下)5184円)

<Henry L. Stimson> 1867〜1950年。国務長官、陸軍長官を務めた米国の政治家。

◆もう1冊

 『ハル回顧録』(宮地健次郎訳・中公文庫)。開戦前に米国務長官として日米交渉に当たった外交官が語る第二次大戦前後の国際政治。

 

この記事を印刷する

PR情報