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【書評】

声なき人々の戦後史(上)(下) 鎌田慧 著 

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◆権力に抗する精神の記録

[評者]米田綱路=ライター

 先ごろ著者の故郷、青森県弘前市を訪ねた。ここ津軽地方は葛西善蔵や太宰治を生んだ文学の揺籃(ようらん)で、著者は二人の評伝を書いている。津軽は鳴海完造や秋田雨雀(うじゃく)ら、ロシア文学とも縁が深い。上京して働いた著者は、早稲田大学の露文科に進んだ。背景には津軽とロシアの文学世界があり、それが労働経験とともに、「声なき人々」へのまなざしを培ったのだと実感した。

 著者は高度成長期のモータリゼーションに追われた都電撤去のルポを皮切りに、労働現場で合理化に追われ、開発で土地を追われる人々の声を伝え続けてきた。半世紀におよぶ仕事を語った本書は、戦後日本の稀有(けう)な記録者の軌跡だ。国政や大企業を頂点とする政治経済史とは対極の民衆史、自立と相互扶助を希求する精神史である。著者が大杉栄伝を書いたのも頷(うなず)けよう。

 大杉の言葉「諧調は偽りなり」は、著者が描いた「自動車絶望工場」や「教育工場」などの人間管理の現実を指す箴言(しんげん)である。権力に自由を奪われ、判で押したように同じことを言う大勢への警句である。著者の仕事はそれの具体的な実証であり、個性の統制への反証の記録として読むことができる。

 北九州の製鉄所の下請けで働き、弘前からの出稼ぎとして働きながらルポを書いた著者は一九七〇年代に巨大開発の現場へと向かう。とりわけ下北半島のむつ小川原開発と、千葉の成田空港建設は、住民に対する国策の身勝手さを示す典型例だった。前者の二十年にわたる取材は『六ヶ所村の記録』にまとめられた。後者について著者は私に、建設反対運動の中であえてメモを取らなかったと語ったことがある。本書でその事情を知り、ここに著者のルポルタージュの核心があると悟った。

 誰のために何をするのか。その問いは取材者をこえ、誰と協同するかを明確にする。国鉄の分割・民営化で切り捨てられた労働者、原発の立地に抗(あらが)う住民の記録もそうだ。本書は書かれざる社会的深層の現代史でもあるのだ。

 (藤原書店・各3024円)

 <かまた・さとし> 1938年生まれ。ルポライター。著書『鎌田慧の記録』など。

◆もう1冊 

 色川大吉著『戦後七〇年史』(講談社)。民衆史という分野を開拓した歴史家が、敗戦・占領時代から東日本大震災までを総括する。

 

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