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【書評】

遠まわりして聴く 和田忠彦 著

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◆日伊二つの文学往還

[評者]四方田犬彦=比較文学者

 イタリアにはエーコやカルヴィーノのように、「悔悟した前衛」と呼ばれる一連の作家たちがいる。和田忠彦の仕事とは、表向き、彼らを翻訳し、紹介することにあった。とはいえ、彼を簡単にイタリア文学者と決めつけることはできない。和田はその一方で日本の現代詩をイタリアに紹介し、イタリアにおける日本文学需要に気を配ってきた。その作業は正確にいえば、文化の仲介者と呼ばれるべきであろう。本書はそうした仲介者の文集である。

 誰ともつかぬ男が一人、大衆食堂で食事をしている。隣では地元の男たちが、ボソボソと話している。何を話しているかは、よく聴きとれない。だが一人の男が大きな蜂のことを話題にしたとたん、主人公はそれが自分のことだと気付く。その男とは自分の父親であり、自分はとうに死んでいて、彼の思い出話に出てきたのだ。ふと周囲を見回してみると、もう食堂には誰もいない。

 和田はこのタブッキの短篇を取りあげ、現世にも冥界にも帰属できないでいる声の孤独を論じている。それはとりもなおさず、日本とイタリアという二つの文学の間を往還する著者の声でもある。戦前にイタリア語に親しんだ林達夫は、「声低く語れ」という格言を銘としていた。和田のエッセイ集を読み終えた時、文体から想起するのはこの言葉である。

 (書肆山田・2808円)

<わだ・ただひこ> イタリア文学者。著書『タブッキをめぐる九つの断章』など。

◆もう1冊 

 鴻巣友季子著『全身翻訳家』(ちくま文庫)。英語文学の翻訳家が修業時代から今日までを語るエッセー集。

 

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