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【書評】

夫婦の中のよそもの エミール・クストリッツァ 著 

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[評者]野崎歓=フランス文学者

◆太い面々、言葉の応酬

 クストリッツァといえば、奇抜な表現を駆使して濃密な物語世界を作り上げる凄腕(すごうで)の映画監督だ。余技で小説も書くのかと思いきや、これがまた一驚しないわけにいかない充実ぶりである。

 十代前半の少年を主人公とした短篇が並ぶ。舞台となっているのはチトーが健在だった時代のユーゴスラビアである。作者にはその後、熾烈(しれつ)な内戦を経て解体された国へのノスタルジアもあるだろう。だが少年たちは、やがて自分の国がなくなるなどとは想像もしていない。まわりの大人も同様で、父親は盛大に酒を飲み、母親は夫をどやしつけ、子どもはおろおろしながらも、自分もまた大人へのステップを上り始める。

 一匹の鯉(こい)を友として水中で悩みを聞いてもらったり、十三歳にして酒場で立ち回りを演じたりと、奇天烈(きてれつ)なエピソード満載。少年を取り巻く現実そのものがいかにも破天荒ででたらめなのだが、大人はそれを平気な顔で受け止めて揺るぎもしない。子どもも鍛えられるわけだ。

 老若男女、肝の太い面々の織りなすドラマは、強烈な人間臭さと破格のエネルギーをはらむ。売り言葉に買い言葉のたえざる応酬にそれが溢(あふ)れ出す。特筆すべきはそのノリを生かし切った訳文の快調さだ。ここまで訳していいの? と驚きかつ唸(うな)る。翻訳文学の新しいあり方を示すという意味でもこれは注目作だ。

(田中未来訳、集英社・2268円)

 <Emir Kusturica> 1954年生まれ。旧ユーゴ・サラエヴォ出身の映画監督。

◆もう1冊 

 カブリエル・ガルシア=マルケス著『族長の秋』(鼓直訳・集英社文庫)。野卑かつ繊細な独裁者を描く長篇小説。

 

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