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【書評】

島田謹二伝 日本人文学の「横綱」 小林信行 著

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◆視野の広さと豊かな交流

[評者]平川祐弘=東京大名誉教授)

 島田謹二(一九〇一〜一九九三年)は著書『日本における外国文学』で知られる学者だが、一九六一年、東大定年退官に際し「教授にも卒業論文提出の義務がある」と『ロシヤにおける廣瀬武夫』を公刊した。その出版祝賀の席で国際関係論主任の江口朴郎は「島田さんは比較文学主任として横綱相撲をとっている」といった。江口は共産党員でマルクス・レーニン主義を奉じたが、戦後日本を風靡(ふうび)した唯物史観風の図式的歴史研究よりも島田の人文的アプローチに真実を認め、そちらに軍配をあげたのである。

 だが日本比較文学会は、軍人は文学研究と認めなかった。その見方も一理なしとしないが、そんな視野狭窄(しやきょうさく)では『坂の上の雲』が国民的人気を博し、司馬遼太郎が国民作家となり得た理由を理解できない。島田が日本人文学の「横綱」たる所以(ゆえん)は、影響関係追跡の手法を明治エリートの外国体験に応用した点にあるからだ。

 多情多恨の島田の家庭は、台湾時代も戦後引き揚げ後も波瀾(はらん)続き、その様は齊藤信子の『筏(いかだ)かづらの家−父・島田謹二の思ひ出』になまなましい。そんな破滅的な私生活の島田だが、反面、学生を深く愛した。感化を浴びた一人である著者小林信行氏は、資料調査に徹し、島田の謹直な学者生活の面をこの正伝に目配りよく盛り込んだ。

 大正時代の京華中学、東京外国語学校、草創期の東北帝大、島田が十五年教えた昭和前期の台北帝大、戦後の駒場東大、東洋大、そして西洋への出張や私宅での源氏を読む会−それらの講義・研究・執筆も学者や詩人との交流の人間模様も、あますところなく拾われている。その多くが褒め言葉に傾くのは避けがたいが、いずれも個性に富む評語であることがすばらしい。

 天分に恵まれた一詩人学者の学問的精進をたどることで、著者は戦争をはさんで続いた、前世紀の日本の外国文学研究の営為とその雰囲気を克明に浮かび上がらせた。貴重な労作である。

(ミネルヴァ書房・8640円)

 <こばやし・のぶゆき> 1937年生まれ。日本英学史学会、東大比較文学会会員。

◆もう1冊 

 イヴ・シュヴレル著『比較文学入門』(小林茂訳・文庫クセジュ)。外国作品の受容、各国文学の比較など、比較文学について解説。

 

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