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【書評】

読むオペラ 聴く前に、聴いたあとで 堀内修 著

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◆理解を超えるものへの愛

[評者]藤田茂=東京音大准教授

 本書は、『音楽の友』誌での著者の連載をまとめたもので、『アイーダ』から『ワルキューレ』まで有名どころの五十のオペラが、アイウエオ順に語られる。それだけ聞くと簡便な事典のようだけれども、実際は違う。これは、オペラというよりも、オペラ愛についての本なのだ。引用してみよう。

 「愛がおよそ理解するのに向かないのは、ワーグナーを聴こうとする者にはわかっている。そしてテノールとソプラノ、そして指揮者に人を得れば、理解などしなくてもよくなる」

 うーん、素敵(すてき)な言葉だ。これを言い換えると、本書の根底にあるメッセージも見えてくるようだ。「オペラがおよそ理解するのに向かないのは、オペラを愛する者には分かっている。そして、歌い手たちと指揮者に人を得れば、理解などしなくてよくなる」

 だから本書の魅力は、パバロッティのあの役がよかった、あのときのネトレプコがすごかった、やっぱりベームの指揮は品があった、そういう著者の生のオペラ体験とその追憶の記述にこそある。現代の多様な演出は、オペラを哲学的に思弁させもするし、著者もそうした解釈のゲームに参加しもするのだが、もともとオペラって、そうした真面目の向こう側にある「変なもの」ではなかろうか。

 オペラが変だというのは、もう古典的な繰り言で、歌で会話するとか、瀕死(ひんし)の人物が大声で歌うとか、「ありえない」のオンパレードだ。だから、こんな変なものに感動している自分に気づくと、わたしなんぞは赤面してしまう。それなのに、一度知ってしまったオペラの輝きは、追憶のなかでますます美しくなっていく。ああ、この思いをどうしよう。そんなときに本書を開いてみるといい。この変なものを心から愛している友を見いだして、安堵(あんど)にも似た笑みがこぼれてくるにちがいない。愛の痛みは愛によって癒(いや)される、こんな台詞(せりふ)を言えてしまうのも、この世界にオペラがあるからでしょうね。

(音楽之友社・2376円)

<ほりうち・おさむ> 1949年生まれ。音楽評論家。著書『オペラ入門』。

◆もう1冊

 彌勒(みろく)忠史著『歌うギリシャ神話』(アルテスパブリッシング)。オペラが描くギリシャの神々と物語を、人気歌手が紹介する。

 

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