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【書評】

墨の香 梶よう子 著

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◆波乱の時代、心を磨く

[評者]島内景二=電気通信大教授

 昏迷(こんめい)を深める時代にこそ、美しい文化を守り、誇り高く生きようとする人の心が、馥郁(ふくいく)と香り立つ。

 梶よう子の新作『墨の香』のヒロイン雪江は女性書家で、幕末の伝説的な書家・巻菱湖(まきりょうこ)を師とする。彼が確立した美しい書体は、近代書道の基礎となった。

 彼女は菱湖から愛されるが、女であるがゆえに先輩たちから嫉妬(しっと)される。夫の章一郎から突然に離縁された雪江は、実家で若い娘たちを相手に筆法指南所(書道教室)を開く。これが転機となり、自分自身を見つめ、心を磨いてゆく。

 男でもなく、女でもなく、一人の人間として生きる心を体現した書。それを求め続けた雪江は、日常を愛しつつ、日常を超えた芸術の永遠性にも気づく。その時、章一郎との関わりにも変化が訪れた。

 教え子である娘たちも、成長する。天保の改革が進行中の時代である。まもなく黒船が来襲し、この国は乱れ始める。

 雪江と娘たちは胸を張って、愛する人々と共に、この時代に立ち向かうだろう。幕府の機密文書に携わる雪江の弟の新之丞(しんのじょう)や、髪結いの銀次も個性的だ。シリーズ化すれば、我が国の最大の国難の時代を、描ききることも不可能ではない。

 雪江の書には「言葉を伝える楽しさ」があった。梶よう子の思いのこもった文章も、読者に伝わる。『墨の香』が漂わせる香気は、現代人を懐かしく包む。

 (幻冬舎 ・ 1836円)

<かじ・ようこ> 作家。著書『一朝の夢』『北斎まんだら』『葵の月』など。

◆もう1冊 

 梶よう子著『ヨイ豊』(講談社)。三代豊国を失った一門の浮世絵師たちが維新をどう迎えたかを描いた歴史小説。

 

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