東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書評 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書評】

戦争育ちの放埒病 色川武大 著

写真

◆気ままが生む温もり

[評者]葉名尻竜一=立正大准教授

 読んでは立ち止まり、考えてはまた読み進める読書がある。一方で、最後まで一気に読み通し、後からじんわりと思いや考えが巡ってくる読書もあろう。色川武大の書きものを読むときは後者だ。単行本・全集未収録八十六篇の随筆群に漂う色川節と呼ばれる言葉遣いに、読者の心は鷲(わし)づかみにされる。

 表題にある「放埒(ほうらつ)病」はあらゆる場面で顔を出す。ここが自分の居場所だと思ってしまったらおしまいだと言って引っ越しを繰り返し、文筆においては定着しそうな気分になったからといって名を変える。麻雀小説の阿佐田哲也も時代小説の井上志摩夫も、その結果の筆名だろう。

 また、ナルコレプシーという睡眠発作症の持病のため、突発的に眠りに落ちる。幻視幻覚も日常茶飯に現れたようだ。一緒にいた者には、気ままな振る舞いに映ったかもしれない。しかし、交友録を見るかぎり、誰も咎(とが)める様子もなく、まわりには愛があふれている。本人の、深い底から醸し出す温(ぬく)もりや優しさがあったからに違いない。

 「あの焼跡(やけあと)を見てしまった以上、元っこはあそこ」だと書く。戦争が終わり、いのち以外に何もなかったところ。どんな具合に生きたらよいか、そんな思いから始まった「放埒」は、生きることそのものへの屈託から生まれた、色川独自の生の倫理だったはずだ。

 (幻戯書房・4536円)

<いろかわ・たけひろ> 1929〜89年。小説家。著書『生家へ』『狂人日記』など。

◆もう1冊 

 色川武大著『百』(新潮文庫)。百歳を前にして痴呆(ちほう)の症状を見せる父と小説家の「私」を描く表題作などの作品集。

 

この記事を印刷する

PR情報