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【書評】

兵農分離はあったのか 平井上総 著

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◆刀狩り、検地の解釈を再考

[評者]渡邊大門=歴史学者

 兵農分離とは、戦国時代に未分離状態だった兵と農が、豊臣秀吉の太閤検地、刀狩りなどの諸政策により、完全に分離したことを意味する。近世以降の身分制は、秀吉の政策を画期として定着したといわれてきた。しかし、右に示した従来説は再検討されており、未(いま)だに論争が続いている。本書は研究史を丁寧にひもとき、兵農分離の実態に迫った一冊である。

 論争が続く理由は、秀吉の諸政策の解釈にある。たとえば、刀狩りによって、百姓は刀などの武器を取り上げられ、丸腰になったといわれてきた。しかし、必ずしもそうとは言えず、百姓が鳥獣を追い払うために鉄砲を所持した事実が指摘されている。また、検地帳には百姓だけが耕作者として登録されたといわれてきたが、実際には武士身分の者も登録されていた。

 城下町には、武士が集住を義務付けられたとされてきたが、こちらも実際はそうとは断言できず、大名によってさまざまだった。城下町への集住にはコストが掛かるため、思ったよりも進まなかったという事情があったのだ。つまり、われわれのイメージする兵農分離政策は、実態とかけ離れていたことが指摘されている。

 加えて、兵農分離により兵が強くなるのかという点にも疑問が呈されている。たとえば、織田信長の軍隊は兵農分離を成し遂げていたので強かったという言説は正しいのかということだ。十七世紀に活躍した儒者の熊沢蕃山は「兵と農が分離したことにより武士の体力が衰え、兵の弱体化を招いた。かえって兵農未分離の状態のほうが良かった」と言っている。こうした事実も新鮮な驚きを与えてくれる。

 著者の結論は、兵農分離は近世のかなりの地域で生じたが、それを目指す政策はなかったというものだ。本書は難解な諸研究をわかりやすく解説しており、大変読みやすい。これまでの常識を覆す新説の提示は、実に読み応えがある。多くの人にお薦めしたい。

 (平凡社・1836円)

<ひらい・かずさ> 1980年生まれ。花園大准教授。著書『長宗我部元親・盛親』。

◆もう1冊 

 藤木久志著『刀狩り』(岩波新書)。秀吉からマッカーサーまで刀狩りの歴史を検証し、民衆が武器を封印したとする見解を示す。

 

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