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【書評】

Black Box 伊藤詩織 著

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◆性暴力に沈黙せぬ社会を

[評者]森まゆみ=作家

 国際的なジャーナリストになりたかった。TBSのワシントン支局長に米国でのポストを得たいと相談した。前向きの返事があり、ビザを取る打ち合わせで居酒屋と寿司(すし)屋に行った。泥酔して気がついたらホテルで事に及ばれていた−二〇一五年四月三日、著者の経験したことである。

 私はレイプされた事はない。しかしセクハラはある。同じように感じた。まず混乱する。なかったことにしたい。人前では取り繕う。何か言えば仕事を失うのではないかと怖い。そうした混乱の中で著者は病院に行き、警察へ行き、泥酔者をレイプする「準強姦(ごうかん)」を立証する孤独な戦いを始める。実名で本を書いた勇気を讃(たた)えたい。

 著者は相手を断罪するのではなく、あったこと、当事者として感じたことを冷静に書き綴(つづ)る。なぜ、警察は何度も同じ体験を語らせるのか。病院やNPOの窓口もなぜ、傷ついた被害者に寄り添った対応ができないのか。これから同じことが起きないために大事なことだ。

 「性行為があった」ことは相手も認めている。が、「合意がなかった」ことを証明するのは難しい。二人だけのブラックボックスだからだ。それでも警察は、タクシーの運転手の証言やホテルの監視映像から立件の確証を得た。逮捕状が請求され、裁判所も発行を認めた。だが、逮捕は行われなかった。その背後には、総理の友人である相手を守ろうとする、大きな政治力が動いたのではないかと疑われる。

 これを追及するのはジャーナリストの仕事のはずだ。しかし、なぜか沈黙している。行政立法司法の三権が癒着し、しかもジャーナリストたちが職責を全うしないのなら、国民が連帯して社会を変えていくしかないだろう。

 夏目漱石の言葉を思い出す。「いくら巧みに弁解が立っても正義は許さんぞ」(「坊っちゃん」)。詩織さん、過去にも現在にも未来にも、あなたの味方はいるよ。

(文芸春秋・1512円)

<いとう・しおり> 1989年生まれ。ジャーナリスト。主に海外メディアで発信。

◆もう1冊

 山本潤著『13歳、「私」をなくした私』(朝日新聞出版)。性暴力を受けた後に起きる強迫症状など、被害者の長い苦しみを伝える。

 

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