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【書評】

不寛容という不安 真鍋厚 著

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◆誰でも加害者になる危険

[評者]池田浩士=ドイツ文学者

 今の世の中には理不尽なことが多すぎる−こういう思いを漠然とであれ抱いている人は少なくないだろう。

 この思いは、少し我慢していれば将来は今より良くなるという見込みもないまま、不安と苛立(いらだ)ちを増殖させる。場合によっては、自分と意見の違う人間や社会的マイノリティとされる人々への粗暴な攻撃となって爆発する。

 著者は、私たちの日常に見られるこのような現象を、不安の増大がもたらす不寛容さの深刻化としてとらえる。きわめて当たり前の視点のようだが、この当たり前の出発点から、じつに多くの発見と示唆に導くスリリングな旅が始まる。そしてこの旅は、ではこの不安そのものを私はどう解決するのかという究極の問いへと、読者を誘(いざな)う。

 不寛容という不安は、国内では、在日外国人へのヘイトスピーチ(憎悪の罵声)やネットのウェブサイトに氾濫する反対派への罵詈雑言(ばりぞうごん)などに表れている。国際的には、「イスラーム国」のテロリズムに魅了されてそれに身を投じる若者などによって体現されている。こう指摘する著者は、自爆テロや人質の斬首という残虐行為も国内の排外主義的言動も、私とは無縁な外部の暴力ではなく、不安を払拭(ふっしょく)できない私はいつでもそのような加害者になり得る、と言うのである。

 現在の世界で起こっているさまざまな暴力的出来事が、私と無縁でないばかりではない。人類が犯してきた歴史上の残虐行為が、現在を生きる私と連関を持っている。共通項は、自分とは違う思想や信仰や生活態度を持つ他者に対する不寛容である。それゆえ、もしも私が、私の不安を、社会的な権威や国家の規範に自分を同化させることで解消するなら、その権威や規範に従わない(あるいはそこからはずれた)隣人に平気で暴力をふるうことができるようになるのだ、と著者は言う。

 そうならない私をどのようにして育てるか、著者とともに考える楽しみと緊張感とを与えてくれる一冊である。

(彩流社・2484円)

<まなべ・あつし> 1979年生まれ。評論家。著書『テロリスト・ワールド』など。

◆もう1冊

 マイケル・ウォルツァー著『寛容について』(大川正彦訳・みすず書房)。多文化主義社会における寛容について米国の政治学者が考察。

 

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