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【書評】

『死靈』の生成と変容 立石伯 著

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◆哲学超える埴谷文学

[評者]横尾和博=文芸評論家

 『死靈』は作家で思想家の埴谷雄高の大著である。敗戦直後から長期間の中断を含め、五十年にわたって第九章まで書き継がれた哲学的な小説だ。難解といわれるが、これまでの近代文学の枠組みを超えた特筆すべき峰を築いている。

 主題は、自分自身とは何か、宇宙をも超越した存在の無の意味を問う。「自同律の不快」「虚体」など晦渋(かいじゅう)な造語が並び、読者はその言葉の魔術にひかれて読み進む。『死靈』のベースにはドストエフスキーやカントがある。

 著者は埴谷が一九三二年に治安維持法違反で収監され、獄中で想を得て、釈放後に書かれた「『死靈』構想ノート」を精密に読み込む。題名にあるように、発想から初期テキスト、版を重ねて変更された登場人物、ストーリー展開、主題の深まりなどから埴谷思想の本質に迫る。また第十章の構想ともいわれ、最晩年に発表された「『死靈』断章」の位置づけについて独自の見解を披露している。

 埴谷の考えは意外とシンプルであり、これまでの哲学や論理学では、不可能な思考を文学としてあっさりと超えてしまう。没後二十年になるが、埴谷の「精神のリレー」のバトンは次世代に伝わっておらず、留まったままのようにみえる。リレーの次走者の出現が待たれる。その意味で、本書はかっこうの『死靈』論であり、深遠な世界が提起されている。

(深夜叢書社・2700円)

<たていし・はく> 文芸評論家・作家。著書『石川淳論』『西行桜外伝』など。

◆もう1冊

 埴谷雄高著『死霊』(1)(2)(3)(講談社文芸文庫)。全宇宙での<存在>の秘密を追究した壮大な観念小説全九章を収録。

 

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