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【書評】

『死者の書』の謎 鈴木貞美 著

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◆世界に比類ない総合小説

[評者]安藤礼二=文芸評論家

 国文学者であり民俗学者でもあった折口信夫は、釈迢空という特異な筆名を用いて、短歌から詩、さらには小説から戯曲にいたるまで、日本語の文学表現が可能にしたすべてのジャンルで優れた作品を残した。特に生涯を通じて唯一完成することができた小説『死者の書』は、多くの読者を惹(ひ)きつけながら、これまでその「難解さ」から、そこで一体何が表現されようとしていたのか、充分に理解されてきたと言うことは到底できない。

 『死者の書』のもつ難解さは、奈良時代を舞台にした歴史小説でありながら、内容的には、事実と虚構が入り混じり、形式的には、語り手も場面も人称や時間の関係を無視するかのように自在に転換していくといった点に由来する。しかも、折口の私的な思い出までが秘められていると言うのだ。その「謎」を解くために、著者は、本書全体を通して、作者と作品を切り離し、古代から中世、近世から近代におよぶ日本文学全般、さらには同時代の世界文学に関しての広範な知識を駆使し、さまざまなヒントを与えてくれる。

 しかしながら、著者と評者の折口観に関しては、無視し得ない隔たりが存在している。それゆえ、著者が本書で提出している読解のすべてを無条件で肯(うべな)うことは、少なくとも評者にはできない。著者は折口を日本の内から捉えることに力点を置き、評者はこれまで、できる限り折口を日本の外から捉えようと試みてきた。

 とはいえ、著者が説得力をもって提示してくれた、『死者の書』を、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を凌駕(りょうが)するような「小説ジャンルを超えたジャンルの総合」、国際的に比類のない「総合小説」とする評価には深く同意する。特に、第四章に記された、「象徴主義からモダニズム文芸への展開のなかで書かれた日本の二〇世紀文芸だった」という一節は、今後、『死者の書』を読み解いていく際の重要な指針となるであろう。

 (作品社・2808円)

 <すずき・さだみ> 国際日本文化研究センター名誉教授。著書『自由の壁』など。

◆もう1冊 

 折口信夫著『死者の書』(角川ソフィア文庫)。当麻寺の中将姫伝説をもとにした幻想的な小説。古代人の心の世界が鮮やかに描かれる。

 

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