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【書評】

日本人の朝鮮観はいかにして形成されたか 池内敏 著

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◆憧憬と衝突を繰り返して

[評者]四方田犬彦=比較文学者

 かつて中野重治は、友人が「朝鮮の人」という表現をつい口にしたとき、それを叱責(しっせき)して、朝鮮人はきちんと「朝鮮人」と呼ぶべきであると語った。ところが『広辞苑』は一九七〇年まで「鮮人」という見出し項目を立てていた。日本人は朝鮮人・韓国人に対し、自分たちが蔑称を用いていることに、長い間あまりにも無自覚であった。

 竹島、従軍慰安婦、強制連行…。今日、日韓関係はあまりにも多くの困難を抱えている。巷(ちまた)にはヘイトスピーチが氾濫し、「嫌韓本」が書店に平積みにされている。どうしてこのような不幸な事態が起きたのか。根底に日本人の長年にわたる朝鮮人蔑視という問題が横たわっているとしたら、それは歴史的にいかに形成されたものなのか。本書は日本近世史と日朝関係史の専門家が、公的文書のみならず、私的な紀行文、さらに絵画資料や歌舞伎の筋立てまでを渉猟しながら、日本人の朝鮮観の成立と変遷を辿(たど)った論考である。

 竹島(独島)ははたして日本領か、韓国領か。こうした○×式の回答を期待していた読者は本書を読んで、事態はそれほど単純なものではないと知るだろう。まず、李朝朝鮮国と江戸幕府とでは島の呼び方が異なっていた。両者の中間にあって外交を司(つかさど)った対馬藩と、鎖国を国是とする幕府とは、異なった認識を抱いていた。幕府には朝鮮との対等外交の意識が強く、竹島渡航禁止令をたびたび発令した。だが対馬藩は、既得権を理由に実効支配を主張した。加えて鳥取藩の漁民たちは禁令を無視して、渡航を重ねた。

 本書はこうした経緯を説明し、日本人の朝鮮観が決して固定したものではなく、憧憬(しょうけい)と衝突を通してつねに変容していったと説く。今日、竹島は両国のナショナリズムの争点と化しているが、島の帰属を問うためには、近代国家成立以前の領土観を再検討することが急務である。ナショナリズムの熱狂を醒(さ)ますには、歴史家の冷静な眼差(まなざ)しが必要だと、本書は教えてくれる。

 (講談社・2376円)

 <いけうち・さとし> 1958年生まれ。名古屋大教授。著書『絶海の碩学』など。

◆もう1冊 

 河宇鳳(ハウボン)著『朝鮮王朝時代の世界観と日本認識』(金両基(キムヤンキ)監訳・明石書店)。朝鮮時代初期から十九世紀末まで、日本認識の推移を解説。

 

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