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【書評】

縄文の思想 瀬川拓郎 著

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◆列島の周縁 脈々と生きる

[評者]小林達雄=考古学者

 日本の一万五千年ほど前、それまでの旧石器文化が幕を閉じて、新しい縄文の時代へと突入した。その縄文は紀元前八世紀には大陸伝来の水稲耕作および鉄の道具を備えた弥生へと大きく舵(かじ)を切り、現代日本へと続く。このときを限りに縄文人はすっかり駆逐され跡形もなくなったのであろうか。

 いや、そうではないと主張した筆頭に梅原猛がいる。岡本太郎の東北日本と沖縄への熱い眼差(まなざ)しがある。しかしその鋭い勘と感性を裏付ける具体的証拠の提示は不十分であった。本書はそこのところに焦点を当てて、独創的な議論を縦横無尽に展開する。

 そもそも弥生モードは、文化的、社会的、経済的にも複雑性を増幅させる一方で、農耕に極端に収斂(しゅうれん)した弥生モノカルチャー化を強めた。この間の事情を補完するためにこそ、狩猟漁撈(ぎょろう)採集の自然経済を基盤とする縄文マルチカルチャーを必要とした。そのため縄文を払拭(ふっしょく)するのではなく、むしろ積極的に維持し、共存共生の道を選択したのである。こうして初めて弥生システム全体が機能し得たのだ。

 つまり縄文は、決して弥生に圧倒され追放されたのではなく、偶然とり残されたのでも、辛うじて弥生の隙間に生きながらえたのでもなかった。むしろ列島の周縁を根拠地にして堂々と日本史の脇役を演じて生きてきたのだ。

 著者はその実際を、アイヌや沖縄、あるいは列島沿岸で船を家として漁をおこなっていた家船(えぶね)漁民やマタギに発見し、出雲などの方言や、抜歯やイレズミの習俗に着目するのである。さらに、日光によって女性が妊娠するという日光感精(にっこうかんせい)など記紀の神話とアイヌの伝承の共通性などを挙げて、弥生と縄文の共存共生を復元してみせる。

 そして、網野善彦の海民論、折口信夫のまれびと論などを自らの史観、哲学にとりこみ、人類の記憶に根差す縄文マルチカルチャーを評価し、弥生モノカルチャーの極相ともいうべき資本主義モノカルチャーに疑義を呈する。

(講談社現代新書・907円)

<せがわ・たくろう> 1958年生まれ。考古学者。著書『アイヌ学入門』など。

◆もう1冊

 梅原猛著『日本の深層』(集英社文庫)。東北各地を歩きながら、宮沢賢治ら詩人の言葉や土着の習俗から日本文化の源流を探る。

 

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