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【書評】

天翔ける 葉室麟 著

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◆近代に異議、公の精神描く

[評者]島内景二=電気通信大教授

 本書の表紙は、鷹(たか)の絵である。鷹は大空を飛びつつ地上を見守り、獲物を見つけるや、舞い降りて戦う。葉室麟は鷹のように峻厳(しゅんげん)な武士を好んだ。『蜩(ひぐらし)ノ記』で直木賞を受賞して五年。歴史小説に新風を吹き込む秀作を矢継ぎ早に発表してきたが、昨年末、急逝した。惜しんでも惜しみきれない。

 本書の主人公は、福井前藩主・松平春嶽(しゅんがく)。彼は幕末から維新にかけての国難の時代、高潔な志と卓越した構想力で政権の中枢にあった。春嶽は大名として歴史の荒波に立ち向かったが、彼の近代国家構想は実現できなかった。なぜなのか。

 古代から近代まで、葉室は歴史小説の可能性を幅広く探究した。だが、今にして思う。彼の素志は、失敗した近代をあぶり出すことにあった、と。

 現代日本は、さまざまな面で問題を抱えている。その原因は、明治維新が路線選択を誤ったからである。

 近代日本の挫折は「私」の欲望に取りつかれた人間が、政治や経済を私物化した結果である。その対極が、春嶽や西郷隆盛、さらには坂本龍馬が抱いていた「公」の精神である。敗者である彼らを、小説の中では勝者たらしめたい。ここに葉室の反骨精神が輝いている。私はかつて、革命家バクーニンを熱く語る葉室を前にして、彼が「近代」に対して異議申し立てを試みていると感じたことがある。彼が九州を活動の拠点としたのもこのためだろう。

 本書では、誰が龍馬を暗殺させたか、新解釈もなされており、興味深い。だが、最大の読みどころは「公」の視点から歴史を検証する点である。本書には「私」の絶望や悲哀に終始する近代の「私小説」への、葉室の対抗心が燃えさかっている。

 葉室麟は文学人生の最後に、「私の文学」を超える「公の文学」を完成させた。彼の遺産である「公文学=公小説」は、これから書き継がれるのか。葉室の魂は天翔けりつつ、文学の未来と、日本の行く末を見守っている。

(KADOKAWA・1728円)

<はむろ・りん> 1951〜2017年。作家。著書『霖雨(りんう)』『散り椿』『墨龍賦』など。

◆もう1冊 

 葉室麟著『草笛物語』(祥伝社)。九州の羽根(うね)藩シリーズの五作目。第一作の『蜩ノ記』で戸田秋谷が切腹してから十六年後を描く。

 

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