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【書評】

道の向こうの道 森内俊雄 著

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◆露文科の青春キラリ

[評者]伊藤氏貴=文芸評論家

 上京したての早稲田大学露文科一年生が、初めての専門科目の講義で開口一番こう言い渡される。「いいかね、きみたち。露文科の学生になったからには、もはや就職はあきらめたまえ」

 大学挙げて就職予備校と化しつつある現在からは考えられないが、一九五六年にはたしかにこういう文学の青春があったのだろう。就職がない? 望むところだと言わんばかりに主人公は文学に耽溺(たんでき)する。そもそも、聖書、『更級日記』、蘇東坡(そとうば)、シェリー、若山牧水、室生犀星を経てのドストエフスキーでありゴーリキーである。以前から詩も書いていた。文学は生活の手段ではなく、生きる目的に関わるものだ。それを考えるための露文科選択だった。

 当時の露文科には、主人公同様の文学青年たちが綺羅(きら)星のごとくに居並ぶ。すれ違った者たちまで含めれば、李恢成、五木寛之、後藤明生、三木卓…。実名で登場する他の人たちも皆、生きる目的について存分に考えさせてくれるものとして文学を選び、たまたま結果として文学が生きる手段にもなったのだろう。

 自らの学生時代をなんの衒(てら)いもなく懐かしむその語り口のなかに、文学と共にあったというより文学そのものであった青春が滲(にじ)むように光を放つ。この自伝的連作集が描くのは今の文学部からすれば羨(うらや)ましいばかりの過ぎにし青春である。

(新潮社・2160円)

<もりうち・としお> 1936年生まれ。小説家。著書『骨の火』『短篇歳時記』など。

◆もう1冊

 森内俊雄著『徒然草覚え書』(フリープレス発行・星雲社発売)。「変化」や「時間」をめぐる徒然草の新解釈。

 

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