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【書評】

その後の震災後文学論 木村朗子 著

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◆人心の深化、広がりを見る

[評者]横尾和博=文芸評論家

 著者は二〇一三年に『震災後文学論』を出している。3・11以後、津波や原発を題材として発表された文学や映像を中心に、新しい文学の可能性を論じ、川上弘美『神様2011』、いとうせいこう『想像ラジオ』など際立った作品が取り上げられていた。

 その続篇である本書では、「震災後文学」の定義を改めて提示し、「震災後文学というのは、震災後に震災を扱って書かれたものだけをさすのではなくて、震災後の文学状況全体をさす」と明確に謳(うた)う。直截(ちょくせつ)的な題材としての震災事象から、人の心の変化、深化や広がりを見るのである。

 3・11以後、過去の戦争を描いた作品が若い表現者により出現したのは、彼らが歴史再考の必要性を感じたものだと指摘し、戦場の悲惨さをリアルに描いた高橋弘希『指の骨』をあげる。

 逆に、読み手側の変化も指摘している。読者も過去に書かれた戦争やカタストロフ作品を読むときには、震災記憶が意識、無意識を問わず刻印されるはずだと述べる。たとえば、多和田葉子『雲をつかむ話』は震災前から続く連載小説だが、震災前に書かれた部分も「震災という出来事を読み込めてしまう」のだ。斬新な論で作品を読む自由、テクスト論の新たな展開をみた。

 また、ジャック・デリダの概念を援用した「震災後文学の憑在(ひょうざい)論」も新鮮だ。憑在論(ホントロジー)とは、生者とともにいまもなお在る死者たち、と評者は意訳した。著者が紹介するのは彩瀬まる『やがて海へと届く』。津波で行方不明になった親友の死を受容できない女性と、死者の声となって物語を綴(つづ)る女友達の話だ。つまり死者は過去の存在ではなく、「ずっと私たちの現在にはりついて」いるのである。

 そのほかにも性的マイノリティと震災をモチーフにした沼田真佑『影裏(えいり)』、復興の同調圧力に異議をとなえる吉村萬壱『ボラード病』など、多くの作品を論じている。3・11の記憶は薄れるが、忘却に抗し後世に残る一冊だ。

(青土社・2160円)

<きむら・さえこ> 1968年生まれ。津田塾大教授。著書『乳房はだれのものか』など。

◆もう1冊

 小森陽一著『死者の声、生者の言葉』(新日本出版社)。川上弘美から宮澤賢治、夏目漱石まで、文学で震災後の日本を問い直す。

 

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