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【書評】

『スタア誕生』 金井美恵子 著

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◆50年代を鮮明に描く

[評者]千野帽子=エッセイスト

 『『スタア誕生』』(二重鉤括弧(かぎかっこ)も題名に含む)の舞台は一九五〇年代の関東らしき地方都市の商店街。『噂(うわさ)の娘』(二〇〇二年)の続篇というか、そっちを先に読んでいなくても楽しめるので、作者に倣って<姉妹作>と呼びましょう。

 本文の大半は、当時十歳の<私>が耳にした周囲の大人や若者たちの会話でできています。むろん、ずっと後年の大人の<私>が記憶をさぐって再構成したものだけど、夢中で読んでいる僕は、ついついその事実を忘れてしまいそうになる。するとそのタイミングで小説は、その事実を不意打ちのように思い出させてくれるのです。

 事情により<私>と弟が世話になっているモナミ美容室に住みこみで働く若い見習い美容師は、映画女優に憧れ、地元映画館でのニューフェース審査会(公開オーディション)に出る。その大筋に<私>の家族・親類の物語の断片が吸い寄せられる。見た映画、食べたもの、聞いた噂の細部、そして大人が思い出した戦前までをも切なく鮮明に、でも郷愁抜きで創造(こちらは再構成ではなく)する本作に驚いてばかりでした。まさに<時間はゆっくりと瞬く間に進む>。

 この至上の小説体験のあとなにを読めばいいのかと一週間以上呆然(ぼうぜん)としてたけど、この書評を書きながら、思い立ちました。『噂の娘』をもう一度読もう!

(文芸春秋 ・ 1998円)

<かない・みえこ> 1947年生まれ。小説家。著書『タマや』『猫の一年』など。

◆もう1冊 

 金井美恵子著『新・目白雑録』(平凡社)。DJポリス、さん付けで呼ぶ職業、東京五輪などをめぐる言説への批評集。

 

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