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【書評】

9・11後の現代史 酒井啓子 著

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◆中東に暴力が根付く原因

[評者]宮田律=現代イスラム研究センター理事長

 タイトル「9・11後の現代史」からうかがえるように、アメリカの対テロ戦争開始後の中東地域の政治・社会変動を軸に「イスラーム国」「アラブの春」など現在の中東のカギとなる視座から現代史の検討が行われていく。

 安定していた中東地域が、渡航に注意・警戒を求められるほど物騒になったのは二〇〇三年のイラク戦争が契機であった。中東は、二十世紀に日本の経済成長があった頃、日本企業の積極的な進出先だった。しかし正当な根拠がないイラク戦争を契機に、武力でもって「正義」を実現しようとする発想をもつ武装集団の活動、暴力を地域に根強く定着させることになった。

 イラク戦争後に海外から帰国した元亡命イラク人の政治家たちは国内で支持基盤がなく、カネで求心力を得ようとするがゆえにイラクでは腐敗が蔓延(まんえん)し、戦後復興もままならなくなった。アメリカは戦争でイラクに「民主主義」を実現しようとしたが、実はその民主主義の「暗部」を最も体現するような国家にイラクを仕立ててしまった。

 「アラブの春」の混乱でシリアやリビアなどの難民は「南」のサウディアラビアなどアラブの国ではなく、「北」のヨーロッパ諸国を目指し、またシリア内戦、イエメン紛争などに見られるように、中東域内諸国の介入が難民を増やすことになっているという指摘に、読者ははっと気づかされることだろう。「欧米とイスラーム世界の衝突」だけでなく、中東域内諸国政府の統治のまずさも現在の混乱に歯止めをかけられない要因になっている。

 中東地域はなぜ紛争や暴力など混乱に追い込まれてしまったのか、その解が簡潔に求められる内容だ。スンニ派とシーア派の対立を解消するため、かつてイラクでは両派が共存の工夫をしていたという歴史的教訓の指摘は重要に思う。中東地域を通じて、日本人は不寛容な世界を乗り越える発想をいかに確立すべきかを考えさせる一冊だ。

(講談社現代新書 ・ 864円)

<さかい・けいこ> 1959年生まれ。千葉大教授。著書『<中東>の考え方』など。

◆もう1冊 

 末近浩太著『イスラーム主義』(岩波新書)。イスラームの教えを政治に反映させようとするイスラーム主義の実像に迫る。

 

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