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【書評】

雪の階(きざはし) 奥泉光 著

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◆心中事件の謎を幻惑的に

[評者]池上冬樹=文芸評論家

 『「吾輩は猫である」殺人事件』は夏目漱石の名作、『神器−軍艦「橿原」殺人事件』はメルヴィル『白鯨』と小栗虫太郎『黒死館殺人事件』。このように、奥泉光には先行する作品を意識したミステリー構造の小説が多いが、本書の場合は武田泰淳の『貴族の階段』である。

 昭和十年、春。女子学習院高等科に通う笹宮惟佐子(いさこ)は親友の宇田川寿子(ひさこ)が失踪したことを知る。数日後、寿子は富士の樹海で陸軍士官とともに遺体となって発見され、警察は心中とみなすが、惟佐子は疑問を抱く。「できるだけはやく電話をしますね」という仙台消印の葉書が届いていたからだ。惟佐子は、幼少期の遊び相手で新米写真家の牧村千代子と事件解明に乗り出す。

 『貴族の階段』は、二・二六事件を背景にして貴族と軍閥の暗闘を政治とは無縁の女性の視点から描いている。公爵の娘氷見子は父と来訪者の秘密の会話を記録するが、惟佐子も政治家の父親に頼まれて口述筆記に勤(いそ)しむし、氷見子同様男と積極的に関係をもち、重要な場面で睡眠薬を用いる。兄と妹、女同士の関係、セクシャリティの主題も『貴族の階段』と通じている。

 しかし五百枚の武田作品に比べて、本書は千三百枚。何よりも心中事件の解明という本筋に様々な脇筋を絡めて、奥泉作品らしい万華鏡的世界を作り上げている。二・二六事件の一年前から事件当日までを綿密に描きつつ、天皇機関説をめぐる華族と軍部の緊迫した対立、ドイツや日本における民族至上主義的な言説、心霊音楽協会、神的人種、霊視能力などオカルト的な要素も満載して、虚実の境界の幻惑をたくらんで読者に目眩(めまい)を覚えさせる(この目眩こそが奥泉文学の魅力だ)。

 相変わらず推理作家も顔負けのプロットは巧緻だし、記憶のイメージの収斂(しゅうれん)や伏線の回収も見事。特に自由自在に視点が移動する滑らか極まりない語りは至福そのもの。武田作品と読み比べ、小説の深化を味わうのも一興だ。

(中央公論新社・2592円)

<おくいずみ・ひかる> 1956年生まれ。作家。著書『石の来歴』『東京自叙伝』など。

◆もう1冊 

 奥泉光著『「吾輩は猫である」殺人事件』(河出文庫)。苦沙弥先生殺害の謎に、生きていた吾輩が他の猫たちと共に挑むミステリー。

 

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