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【書評】

クローゼット 千早茜 著

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◆服を通じ生き方選ぶ

[評者]与那覇恵子=文芸評論家

 人間にとって、そして自分にとって、服とはどういうものだろうか。この小説は、幼い頃に身体と心に傷を負った男(芳(かおる))と女(纏子(まきこ))が、その痛みと共に成長していく物語を通して「服」というものの意味を浮かび上がらせていく。

 舞台となるのは十八世紀以降の西洋の服を一万点以上収集している服飾美術館。クローゼットのような空間に収納された洋服の圧倒的な存在感。そこで働く学芸員。傷んだ服を当時の姿に戻す仕事をする補修士たち。語られる洋服に関する蘊蓄(うんちく)は魅力的だ。読者の服に関する男らしさ女らしさの概念をも吹き飛ばしてしまう。服に合わせて女性の体型を変容させるコルセットへの執着の歴史。死を招きかねない服への飽くなき欲望(それは文化でもあるが)には目まいがする。

 しかし、自分の好きなものを極限まで追求して生まれた服には、その人の思いや感性、人間性が写しとられる。そして、個人を超えた時間性を帯びる。補修士は、その時を、その人を永続化しようとする。社会的な規範とは無関係に、自分の好きなものを着たいと考える芳。社会に適応したいと思う纏子。二人の生き方は服の持つ力の可能性でもある。

 ミステリー小説の味わいを醸しつつ、前向きに生きる勇気を与えてくれる極上の一冊である。現在、生きづらさを感じている若い人たちに読んでもらいたい。

(新潮社・1512円)

<ちはや・あかね> 1979年生まれ。作家。著書『あとかた』『ガーデン』など。

◆もう1冊

 千早茜著『魚神(いおがみ)』(集英社文庫)。閉ざされた島で遊女となった姉と薬売りの弟。二人の運命を描いたデビュー作。

 

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