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【書評】

鎖国前夜ラプソディ 上垣外憲一 著

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◆開明的な家康、理想の惺窩

[評者]渡邊大門=歴史学者

 本書は徳川家康の覇道主義と儒学者藤原惺窩(せいか)の理想主義との相克に触れ、鎖国以前における日本の大航海時代を支えた二人の足取りをたどる。家康の覇道主義とは武力や権謀による政治を意味し、惺窩の理想主義とは平和主義といえよう。そして本書の軸にあるのは、一般にはあまり知られていなかった惺窩の生涯である。

 家康は学問を好み、儒学、仏教を政治思想・統治理念として活用した。軍事技術を獲得するため、南蛮貿易にも理解を示し、晩年は朱印船貿易やフィリピンとの貿易により、航海技術、鉱山技術を得ようとする。さらに、家康は華夷秩序を否定し、中国との貿易を避けるなど、意外にも開明的でグローバルな考えを持っていた。

 一方の惺窩は晩年に、十八世紀西洋の寛容の思想や啓蒙(けいもう)思想に通じる考え方を持ったという。惺窩は近代的な国家・外交思想の持ち主で、華夷秩序を否定し、日本と中国は対等な国家とみなした。同じ考えを持つ惺窩と家康により、日本の大航海時代は築き上げられた。

 また、江戸時代初期の政治は、覇道主義の家康と理想主義の惺窩との対立・協調で構成されていた。二人によって築かれた鎖国前の日本は、世界文明の最先端の位置にあったという。しかし、二人の覇道主義と理想主義の思想は、根本的に違っていた。

 惺窩は戦争で民衆が苦しむため、関ケ原合戦や大坂の陣に反対した。ところが、家康は覇道主義の観点からこれを遂行し、皮肉なことに二つの戦争は二百六十年もの平和をもたらす。惺窩の理想主義の根底には天皇を中心とする政治があったが、それは実現せず、二人の関係は決裂した。

 近世初期の大航海時代を分析する際に、惺窩の思想や動静に重点を置いたのは、比較文化を専門とする著者の面目躍如たるところだろう。当時の日本を演出した家康と惺窩との関係の分析は、これまでにない新たな視点でもある。一読をお勧めしたい。

(講談社選書メチエ ・ 1782円)

<かみがいと・けんいち> 1948年生まれ。大妻女子大教授。著書『倭人と韓人』など。

◆もう1冊 

 揖斐高(いびたかし)著『江戸幕府と儒学者』(中公新書)。幕府に仕え、江戸期朱子学の確立に努めた羅山(らざん)・鵞峰(がほう)・鳳岡(ほうこう)の林家三代の事績を描く。

 

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