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【書評】

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語 内田洋子 著

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◆行商で見極めた本の磁力

[評者]中村浩子=翻訳家、文筆家

 本には磁力がある。

 深い知識や、誰にも真似(まね)できない経験、空想の限界を越える物語、時代が求める思想、ときにエロスの本も人を引きつける。

 本書はそのような本をかつぎ、運び、露店台で売るうちに、いつのまにか本の磁力を身に着けてしまった村びとたちの実話だ。

 イタリア在住三十数年になる著者は、近年住まうヴェネツィアで古書店に出会う。店主の先祖が、読み書きのできない人のまだ多かった時代、トスカーナの山奥から本を籠に入れて売り歩いていたと聞き、著者は未知の村へと旅に出る。

 いまは人口三十余人の限界集落モンテレッジォ。著者が訪れると、ヘミングウェイ、イタリアの文学賞のひとつ「露店商(バンカレッラ)賞」と、過疎の村に似つかわしくない名前がいきなり飛び出してくる。

 なかなか核心にたどりつけない著者が村を訪れるたびに、ダンテ、十五世紀の活版印刷所、禁書と、村と本が生きてきた歴史が明かされる。

 石と栗しか特産物をもたない村びとは、生きるか死ぬかのはざまで、「本を売り歩く」という糧を見つけた。そうするうちに、どの本が強い磁力をもつのか、見極められたのだ。

 著者が仕事の拠点を長年置いてきたミラノで、個人書店は近年ことごとく閉店したという。二〇一六年に紙の本を一冊も読まなかったイタリア国民は六割に近く、日本と同じく出版界の事情は深刻である。この村の物語は、本の来し方、行く末とも重なる。

 若いころに出版社へニュースを配信する通信社を立ち上げ、イタリアの物語をスピーディに伝えることで鍛えた著者の文章は、前のめりに読ませる力がある。二つのエッセイ賞を同時受賞した名手でありながら、日伊両国の作家への畏敬から、みずから決して作家を名乗ることのない著者の矜持(きょうじ)の一冊である。

 (方丈社・1944円)

 <うちだ・ようこ> 1959年生まれ。著書『ジーノの家 イタリア10景』など。

◆もう1冊 

 須賀敦子著『コルシア書店の仲間たち』(文春文庫)。ミラノの小さな書店に理想の共同体を夢見て集ったカトリック左派の若者たち。

 

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