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【書評】

魂の秘境から 石牟礼道子 著

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◆烈しい詩情が浮かぶ

[評者]若松英輔=批評家

 本書の最後の作品が発表された十日後、作者は逝った。文字通りの遺作である。死は、すでに書かれている言葉の意味を刷新する働きを持つ。書き手がこの世を後にし、初めて浮上してくる意味の層がある。本書を読んでその思いを一層新たにした。誤解を恐れずにいえば、新しい石牟礼道子がここにいる。石牟礼道子による石牟礼道子入門といった趣もある。

 本書では「あの世からのまなざし」と「石の物語」の二作が、ことに強く印象に残った。生者は死者に守護されている、そう彼女は感じ、生きていた。前者で彼女は、夢の働きとそこに現れる亡き者たちを描き出す。後者で彼女は石を「星さまのしずく」と呼ぶ石屋の経営者だった父親の言葉にふれているが、この言葉はそのまま受け取ってよい彼女の世界観であり、宇宙観なのである。

 石牟礼道子の本性は詩人である。代表作『苦海浄土(くがいじょうど)』も彼女は「詩」だと考えていた。だが、彼女の作品を初めて読む、という人には本書のような随想を薦めたい。そこには詩情はもちろん、物語も彼女の自伝も、豊かに記されているからだ。

 読者は、本書の言葉のなかに耳には聞こえない彼方(かなた)からのもう一つの「声」を聴くだろう。私たちはもう作者の姿を見ることはできない。しかしそのおもいは、かつてよりも明瞭に、烈(はげ)しく感じることができるようにも感じられる。

 (朝日新聞出版・1836円)

 <いしむれ・みちこ> 1927〜2018年。著書『苦海浄土 わが水俣病』など。

◆もう1冊 

 石牟礼道子著『椿(つばき)の海の記』(河出文庫)。心病む盲目の祖母に寄り添った四歳の著者の目が映す豊穣(ほうじょう)な水俣の記憶。

 

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