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【書評】

鵺(ぬえ) 三田完 著

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◆父を描けぬ希代の演出家

[評者]小林竜雄=脚本家

 久世光彦(くぜてるひこ)は“昭和の奇才”と呼ばれテレビ演出家で作家として知られた。彼は陸軍将校だった父親のことで、ある怯(おび)えがあった。かつて漢口の特務機関にいたという話を聞いていたからだ。これは諜報(ちょうほう)員、スパイとして暗躍していたという疑惑である。一体、父親は中国大陸でどんなことをしていたのか、何か謀略にかかわっていたのかと疑惑は次々とわいてくる。そこで、いずれ父親のことを書いてみたいと思ってきた。しかし、残念なことに、その前に急死してしまった。本書は、著者が久世の果たせなかった父親に関する謎を、代わりに長編小説として具体化してみせたものである。

 無謀というなかれ、かなりの野心作にはなっている。久世をモデルにした老作家・護摩堂充彦(ごまどうみつひこ)が主人公となる。彼は軍人だった父親の小説を書けずに悩んでいた。それに助け舟を出すのが樹木希林をモデルにしたベテランのくせ者女優だった。この因縁の二人をコンビにしたことで、著者のこの作品へのやる気を感じた。これで久世ファンは、この物語がどこが事実で、どこが虚構なのかを解いていく楽しみができる。さらに充彦が執筆した五島列島の福江島への紀行文風な小説内小説も挿入され、最後は意外な展開を迎える仕掛けが待っている。油断できないのだ。

 著者が着目したのは、父親が高浜虚子に師事し、主宰していた俳句誌「ホトトギス」に投稿していたという事実である。そこから父親は虚子から密命を与えられるという発想が生まれ、俳句を絡ませたのが、俳人でもある著者の面目躍如なところだ。題名の「鵺」とは充彦の父親の俳号・鵺王から取ったものだが、鵺とは得体(えたい)のしれないものなので父親を象徴させている。

 久世は、市川雷蔵が冷酷な諜報員を演じた映画「陸軍中野学校」への偏愛を語っていたが、父親の隠された姿を見ていたのかもしれない。ただ充彦像は分かりやすい。私の知る久世はもっと複雑で、奥の深い人物だった。

 (KADOKAWA・1836円)

 <みた・かん> 1956年生まれ。作家、俳人。著書に『俳風三麗花』など。

◆もう1冊 

 久世光彦著『一九三四年冬−乱歩』(創元推理文庫)。スランプに悩む江戸川乱歩が、一つの短編を執筆する姿を描いた小説。

 

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