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【書評】

日本の気配 武田砂鉄 著

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◆「官設」話法に流される国民

[評者]米田綱路(ジャーナリスト)

 昨年の流行語大賞になった「忖度(そんたく)」が、今や日本語の代表格となる勢いである。空気を読む忖度のような表現は主語が曖昧で、「記録はない、記憶にない、指示や関与はない」と否定形だけは強い断定調だ。官僚の国会答弁はその典型だが、政府は他人事(ひとごと)の間接話法で問題なしとする。

 そんな日本の空気を支配しているのは「官設」話法だと著者はいう。本書は、一見つかみどころのないこの空気を話法からあぶり出した一冊。著者の批評は、忖度がかもしだす気配を敏感にかぎ分けて、空気の発生源を突きとめる。気配の批評家の面目躍如である。

 たしかに安倍政権の話者たちがこの空気を巧(うま)くつかんでいるのは間違いない。彼らが神経を尖(とが)らせるメディアの「印象操作」「偏向報道」は好例である。基準を設定し、それに抵触すると断じたメディアを標的に恣意(しい)的な報道批判を連射して、本当に偏向しているかのような印象を国民に植えつける。事実を問う側を空気銃で撃つような話法だ。

 多用される「誠に遺憾」「誤解を招く」「その指摘は当たらない」なども、遺憾に思わせ、誤解し、指摘した側が悪いのであって、こちらに責任や非はないし、答えないという話法の例である。真実はどこにあるのかという問題は回避して、「官設」で答弁する。一事が万事このように日本語を操作し、首相夫人が公人か私人かの定義まで閣議決定するほど、「彼らの挑戦は止まらない」のである。

 受動的だけれど居丈高、逃げ腰なのに強気。政権はこうしたセンスで世論を作り上げてきたと著者はいう。そしてむしろ問題なのは、印象や偏向といった用語のシャワーに慣らされ、舐(な)められている国民とメディアに充満する空気だという指摘は重い。政治の貧相な話法を嘆いても始まらない。それを許し、放任している私たちの言語感覚こそが問われているのだ。

 言葉を貶(おとし)めるな、言い抜けに憤怒せよ。本書のメッセージはそこにある。

(晶文社・1728円)

フリーライター。著書『コンプレックス文化論』など。

◆もう1冊 

 武田砂鉄著『紋切型社会』(朝日出版社)。決まり文句の社会を分析。

 

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