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【書評】

五日市憲法 新井勝紘 著

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◆無名の起草者の民権思想

[評者]古関彰一(獨協大名誉教授)

 「五日市憲法」とは、明治維新百年にあたる一九六八年に、東京の西に位置する五日市町(現あきる野市)の旧家の土蔵の中から発掘された自由民権期の憲法草案である。発掘に携わったのは著者はじめ、大学ゼミの教授であった歴史家の色川大吉と二十代前半の若者たちであった。

 五日市憲法の起草者は、当時まったく無名の千葉卓三郎、二十八歳。そこには自由民権運動を担った若々しい近代憲法観があった。

 五日市憲法の地方自治の項には「府県の自治は干渉妨害すべからず」とか、教育の項には「子弟の教育においては、学科および教授は自由、然れども小学の教育は、父兄たる者の免るべからざる責任」と書いてあったという。

 著者は、この憲法の作者・千葉卓三郎を求めて出生地の宮城県志波姫(しわひめ)を訪ね、それから石巻、仙台そして遂(つい)には神戸まで追って生存する孫にも会っている。

 卓三郎は、放浪の旅のなかで広い学問と宗教を経験している。仙台藩士として参加した戊辰(ぼしん)戦争に敗れた卓三郎は軍医となり、ラテン語や数学を学ぶ。さらに浄土真宗やキリスト教、ハリストス正教会にも出会い、小学校の教師にもなる。投獄の憂き目にすら遭っている。

 こうした広い視野と様々な経験が五日市憲法に生かされていると見ることができよう。著者は卓三郎の多様な経歴を追体験しながら、憲法が生まれた背景を丹念に追っている。本書のこの部分は実に感動的で、歴史を掘りあてる醍醐味(だいごみ)を読者に伝えてくれる。

 自由民権運動の核になった民権結社は、著者の調査によると現時点で二千百八十九社にのぼるという。当時の運動の大きさに気付く。五日市憲法もこうした地域の、いわば「勉強会」である「学芸講談会」に集まった若者とともに生まれたのである。

 米国憲法百五十周年に際して、ローズベルト大統領は、「米国憲法は素人の文書だ」と言い切ったが、この五日市憲法も素人の、そして若者の起草であったのである。

(岩波新書・886円)

専修大教授を経て高麗博物館館長。編著『自由民権と近代社会』など。

◆もう1冊 

松沢裕作著『自由民権運動』(岩波新書)。その理想と挫折を描く。

 

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