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【書評】

太平洋の精神史 小野俊太郎 著

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◆悲惨な現実をのみ込む想像力

[評者]管啓次郎(比較文学者)

 太平洋、それは世界最大の大洋。水半球の主役、日本列島を全面的に洗う海だ。だがこの海について、私たちは何を知っているだろう。現在のグローバル化にいたるまで、世界史はこの圧倒的な広がりをどう体験し、考えてきたのか。本書は現実と表象(文学、映画)の両面から、その問いに分け入っていく。

 ヨーロッパ主導の世界史に太平洋が登場するのは十六世紀。あまりに遠い海とその島々は幻想を貼り付けるのに都合のいい空白だった。『ガリバー旅行記』や『ロビンソン・クルーソー』第二部といった十八世紀文学の太平洋観を見てみるといい。一方、日本にとっては三浦按針(あんじん)が豊後に漂着したり、支倉常長(はせくらつねなが)の一行が仙台からメキシコのアカプルコにむかったり、十六世紀末から十七世紀初めに太平洋横断航海の例がある。どれほど過酷な旅だったかと思うが、それは想像するしかない。

 本書の核心は十九世紀以後の太平洋を舞台とする、軍事と怪獣たちと日米関係がつむぐ現実と想像の歴史だ。捕鯨産業が大きな意味をもっていたことはよく知られている。ダーウィンやウォレスの進化論も太平洋全域を背景として練り上げられた。あらゆる意味で既知の世界の果て、魅惑と不安の領域。そこに戦争や核実験のイメージが重ねられ、ゴジラ映画をはじめとするSF的想像力が開花する。

 このあたりは著者の独壇場。濃密な講義ノートのように、観(み)たい映画、読みたい本の名が続々とあげられる。たとえばゴードン・ダグラス監督『放射能X』(一九五四年)では巨大なアリがロサンジェルスを襲うが、同監督の『トーキョーへ行った最初のヤンキー』は原爆投下を扱っていたそうだ。驚くのはその全米公開の時期。なんと一九四五年九月。どれほど悲惨な現実も、ただちに映画の想像力に組み込まれるということか。

 現在の太平洋は海面上昇やゴミベルトなど新たな問題に直面している。地震・津波を考える地質学的視点も重要。この広大な海を丸ごと捉える想像力を本書に学びたい。

(彩流社・2160円)

文芸・文化評論家。著書『新ゴジラ論』『スター・ウォーズの精神史』など。

◆もう1冊 

塩田光喜(みつき)著『太平洋文明航海記』(明石書店)

 

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