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【書評】

忘却する戦後ヨーロッパ 飯田芳弘 著

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◆未来を志向する真の記憶

[評者]池田浩士(ドイツ文学者)

 記憶力がよいというのは、一般に褒(ほ)め言葉だが、物忘れがよいというのは、そうではない。記憶はプラスのイメージで、忘却にはマイナスの価値判断がつきまとう。これは日常生活のなかでのことにとどまらない。「あやまちは二度とくりかえしません」という誓いは、歴史上の過去のあやまちを記憶し、決して忘れない、という責任を自覚することである。ここでも、忘却は否定されている。

 たとえば、ナチズムの残虐行為に加担してしまった歴史を忘れないということは、戦後ドイツに生きる人びとにとって最大の責務とされてきた。だが、ひとりの個人が生きていくためだけでなく、国家社会が新しい未来を形成するためにも、過去の忘却が必要であり、事実またそのような集団的・政治的な忘却がなされてきた、というのが本書のユニークな主題なのだ。

 ただし、忘却とは、ただ単に忘れ去ることではない。忘れるという一種無責任な言葉とは別の、主体的決断によってしか、忘却は実行できないのである。ここから、本書の細密な歴史探索が始まる。敗戦や独裁体制の崩壊など、国家社会が巨大な断絶に直面したとき、過去の忘却が重要な課題となる。戦争や独裁に加担した側と、それに抵抗して闘った側との分裂を修復することなしには、新しい国家統合は不可能だからだ。

 そのための「忘却の政治」は、過去に別の姿と意味を与えることで、過去を忘れる。過去の「神話」化や、「恩赦」による和解である。戦後フランスの「レジスタンス神話」と「ドゴール英雄神話」、イタリアでの早期の「恩赦法」がその顕著な例だった。

 本書が考察の対象としているのは、ナチス・ドイツからの解放、一九七〇年代における南欧三国での独裁政権崩壊、東欧における共産主義体制の終焉(しゅうえん)という、三つの局面における政治的忘却である。忘却を許容し正当化することが、本書の趣旨ではない。歴史の内在化・血肉化とは何か、真の記憶とは何か−という大きな問いが、ここにはある。

(東京大学出版会・4968円)

1966年生まれ。学習院大教授。著書『想像のドイツ帝国』など。

◆もう1冊

庄司克宏著『欧州ポピュリズム−EU分断は避けられるか』(ちくま新書)

 

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