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【書評】

経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く 牧野邦昭 著

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◆回避の可能性はあったか

[評者]根井雅弘(京都大教授)

 副題にある「秋丸機関」とは、昭和十五年一月末、陸軍省の主計中佐だった秋丸次朗を中心に設立された「陸軍省戦争経済研究班」の通称である。旧満州国で関東軍参謀部付として経済建設の仕事を経験していた秋丸は、軍の内命を受け「陸軍版満鉄調査部」のような機関をつくることを構想した。日米の経済戦力を測定し、その優劣を比較検討することが緊急の課題だった。秋丸がいまだ思想問題で係争中だった統計学者でマルクス経済学者の有沢広巳に声をかけたのはそのためである。

 ほかにも理論経済学者の中山伊知郎、慶應義塾大学の教授をつとめながら現役の陸軍主計将校として活動した武村忠雄など、錚々(そうそう)たるメンバーがそろった。

 問題は、十六年七月に作成された秋丸機関のすべての報告書の所在が、はじめはよくわかっていなかったことである。そのすべてを特定し、綿密な資料解読によって報告書の実像を詳細に明らかにしたのは著者の功績である。

 報告書の内容は、せんじ詰めれば、日米の国力には圧倒的な格差があり、アメリカと戦争して有利な条件で講和が結べるとすれば、南方の資源を確保するとともにインド洋方面に進出してイギリスと植民地との連絡を絶ってイギリスを弱体化させるほかない、という「極秘」というよりはむしろ当時の「常識」とほとんど変わらないものだった。

 だが著者は、秋丸機関の置かれた状況を考えると、日米の経済格差を指摘するのみではなく、日米開戦を回避できるような「ポジティブなプラン」を作り上げることも可能だったのではないか、と想像力をふくらませるのである。

 希望的観測にすぎないという批判もあるだろうが、経済や統計ばかりでなく、国際政治や戦略的思考にも通じた多くの学者や官僚を集めた秋丸機関の記録を、詳細に検討した著者の言葉として注目したい。

 膨大な文献の解読、それを再構成し、歴史や経済を多方面から検討する柔軟さ、どれをとっても一流の研究者の作品である。

(新潮選書・1404円)

1977年生まれ。摂南大准教授。著書『戦時下の経済学者』など。

◆もう1冊

加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)

 

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