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【書評】

澁澤龍彦の記憶 菅野昭正編 巖谷國士、養老孟司、池内紀、中沢けい、酒井忠康 著

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◆時空を超えて生きている

[評者]カニエ・ナハ(詩人)

 澁澤龍彦は「針がなくなっちゃった時計とか、文字盤が黄色くなった時計とか、壊れた時計とか、要するに死んだ時計が好きだった」という。

 五十九歳で亡くなって、没後三十年経(た)った。本書は記念の連続講演をもとにしたエッセイ集。六名の著者が六様に、澁澤の記憶について語り、澁澤作品を繙(ひもと)く。死後三十年を経て、今なお読まれつづけ、新たな読者を増やしつづける作家は稀(まれ)である。

 池内氏は先に引いた「死んだ時計」への偏愛、澁澤の特異な時間感覚を指摘するが、澁澤にとって書くことは、たとえば十三世紀のヨーロッパだったり九世紀の中国だったり、過去の時間に自由に遊ぶことであり、未来の空間を旅することだった。それは逃避ではなく、批評であり対峙(たいじ)であった。六〇年代の「政治の季節」、一方でオリンピックに浮足立つ日本で、それらとは一線を画し、自分の好きなことだけを書いた。それは同調圧力や時の権力に抗(あらが)い、個の精神の自由を謳(うた)うことだった。

 また、鏡や球体のように時空を超越した普遍的なものを偏愛した。本書のカバーには、彼の書斎にある凸面鏡の写真があり、カバーを取ると、黒い紙に銅のインクで印字された書名と球体と植物模様が表紙にあり、裏表紙ではそれらが反転している。あたかも本が鏡であるかのように。現在の私たちが映し出される。

 中沢氏は、澁澤スタイルへのオマージュのように、思春期に澁澤から影響を受けた自分と同世代の女性作家たちとその仕事を列挙する。伊藤比呂美の『切腹考』は、澁澤のライフワークであったサド侯爵のエロスや、澁澤と親交の深かった三島由紀夫のタナトス(死への衝動)と響き合う。中沢氏は以前、鎌倉の浄智寺で何人もの若い女性に、澁澤の墓はどこかと尋ねられたという。巖谷氏によると、いまの若いファンの中には澁澤が亡くなったことを知らなくて「鎌倉のお宅に行ったら会えますか」と聞く人さえいるという。死んだ時計を生きている「澁澤さん」に私たちはいつでも会うことができる。

(河出書房新社・2808円)

菅野・世田谷文学館館長。巖谷・仏文学者。養老・解剖学者。池内・ドイツ文学者。中沢・作家。酒井・世田谷美術館館長。

◆もう1冊 

澁澤龍彦著『貝殻と頭蓋骨』(平凡社ライブラリー)。お気に入りが満載。

 

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