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【書評】

フィレンツェ 比類なき文化都市の歴史 池上俊一 著

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◆自由、平等、調和を求める心性

[評者]和田忠彦(イタリア文学者)

 <古代から現代まで一貫して流れる「フィレンツェ性」とでもいうべきもの>。本書は、ルネサンスを特権的に讃美するのではなく、古代から現代までを貫くフィレンツェ固有の歴史的特性を抽出する試みである。

 アルノ川を挟んで対峙(たいじ)するふたつのフィレンツェは、十世紀を掛けて、古代以来の異教的世界をキリスト教的世界が侵食するなかで、中世からルネサンスへ、市民たちがたえず「古代・中世の先例、範型」を参照することによって「輝かしい」文化を形成した。その「連続」性こそがルネサンスのすぐれた特性だと著者は言う。そして、この町に刻まれた不変の遺伝子の組み合わせが生む固有の心性や特性を、「歴史の重層性」に支えられた「フィレンツェ性」と呼び、わたしたちが生きるいまにまで届く一貫した視点の可能性を提示する。

 著者の言う「フィレンツェ性」とは、「自由」「平等」「共和制」への熱烈な希求であり、「比例」と「調和」を重んずる独自の芸術意志と美的感覚のこと。また、都市計画や建築の外観、広場に飾られる彫刻作品や人々の習俗に明瞭な「男性性」もそのひとつに数えられている。こうした不変の遺伝子がその時どきに、文化的伝統の展開と移植をうながしてきた。これが著者の見立てである。

 たとえば十四世紀後半から十五世紀前半にかけての人文主義のもと、町が<読み書きの共同体>へと成熟を遂げたのも、十六世紀から三世紀余りつづくトスカーナ大公国時代、芸術におけるマニエリスムにバロックを経て、ガリレオに代表される自然科学をはじめとする諸学問が停滞することなく近代化を果たしたのも、「市民の精神の中にずっと生きながらえ」てきたフィレンツェという町の心性の為(な)せる技ということになる。

 かつて美術史家の若桑みどりが同名書(一九九四年)において、「身体と心をともに描」こうとして、「とても難しい課題だった」と告白した同じ町の姿を、池上俊一は時空間の射程をのばしつつも見事に描きだしている。

(岩波新書・1037円)

1956年生まれ。東京大教授。著書『パスタでたどるイタリア史』など。

◆もう1冊 

宮下規久朗(きくろう)著『ヴェネツィア−美の都の一千年』(岩波新書)

 

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