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【書評】

地震学をつくった男・大森房吉 上山明博 著

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◆生誕150年に初の伝記

[評者]泊次郎(科学史研究家)

 大森房吉は、明治から大正期に活躍した世界的な地震学者である。地震の初期微動継続時間から震源までの距離を計算する式や、大地震後の余震の数は時間に反比例して減少することなどを発見した。

 関東大震災(一九二三年)の起きた九月一日が近づくと、しばしば話題になる「東京大地震予知論争」の主役としても知られる。二歳年下のライバル・今村明恒(あきつね)が「東京にいつ大地震が起きても不思議ではない」と主張し、石油ランプを廃止して電灯に替えるべきことを説いたのに対し、大森は「大地震が東京を襲うという説は、根拠がない」などと反論し、民心の動揺を防ぐことを優先した。

 本書によれば、大森は一九一六年度のノーベル物理学賞の候補にあがっていた。にもかかわらず、大森の本格的な伝記はなかった。「関東大震災を予知できなかった学者」との批判の中で大震災から約二カ月後に、脳腫瘍のために亡くなったことが大きく影響したのだろうと著者は見る。

 大森の業績を正当に評価することを意図して書かれたのが本書である。今年は、大森の生誕百五十周年に当たる。福井藩の下級武士の五男として生まれ、五十五歳で亡くなるまでの生涯が、日本の地震学の歩みに沿って描かれる。大森は成績優秀で、学校は授業料免除で通した。

 ドイツなどでの二年間の留学から帰国すると大森は、東京帝国大学の教授になる。同時に、一八九一年の濃尾地震の後に、国の震災軽減対策を研究する組織として設立された震災予防調査会の幹事にも就任した。明治国家の典型的なエリートだった。

 ただ、その人間性を物語るエピソードは少ない。だれにも丁寧な言葉づかいをし、やさしい父親であった、くらいである。私生活でも「優等生」を強いられたのだろうか。

 著者は最後に、大森は東京に大地震が起こることを予知していた、という独自の仮説を展開する。この仮説は強引で無理な解釈に基づいている、と私は思う。この仮説がなくても、大森が偉大であったことは十分に分かる。

(青土社・2052円)

1955年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。著書『ニッポン天才伝』など。

◆もう1冊 

泊次郎著『日本の地震予知研究130年史』(東京大学出版会)

 

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