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【書評】

原民喜 死と愛と孤独の肖像 梯(かけはし)久美子 著

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◆誠実な生を貫き、託した希望

[評者]若松英輔(批評家)

 稀有(けう)な読書体験だった。

 本書は、民喜をめぐる、最初の本格的な評伝なのだが、同時に作者による、人はなぜ書くのかという根本的な問題をめぐる告白でもある。

 どこまでも民喜という人物を描き出そうとする作者の熱情と畏敬が、かえって作者の精神を不可視な言葉で物語っている。

 原民喜は、小説「夏の花」の作者として知られる。この作品は原爆投下直後の広島を描いた不朽の名品だが、民喜の才能は小説に限定されるものではなかった。散文はもちろん詩、俳句など多様な表現に秀でた表現者だった。

 作者は、緻密な「読み」と豊かな直観に基づく取材で民喜の軌跡を追いつつ、残された軌跡の意味を問うだけでなく、その潜在可能性からも目を離さない。

 民喜は必ずしも広く読まれる人ではなかった。しかし、深く読まれた人だった。読まれ続けた人だった。

 その列には佐藤春夫がいた。佐々木基一、遠藤周作もいた。作者は民喜と遠藤周作の交わりに少なくないページを割き、遠藤の文学の重要な部分が、民喜から継承したものの開花であることを丁寧に論じている。

 本書には、幾つかの重要な鍵となる言葉があるが、その一つが「死者」であり、「聖化」だ。

 民喜にとって書くとは、死者を聖化することでもあり、民喜は死者からのはたらきによってはじめて、書き手たり得た人物だったともいう。

 一九五一年、民喜は自ら死を選ぶ。作者はそこに敗北を見ない。名状しがたき必然を見る。おのれの生をどこまでも誠実に生き抜いた者の証しを目撃する。

 「原は自死したが、書くべきものを書き終えるまで、苦しさに耐えて生き続けた。繰り返しよみがえる惨禍の記憶に打ちのめされそうになりながらも、虚無と絶望にあらがって、のちの世を生きる人々に希望を託そうとした。その果ての死であった」

 ここに記された「のちの世の人」とは、私たちにほかならない。

(岩波新書・929円)

ノンフィクション作家。著書『狂うひと−「死の棘(とげ)」の妻・島尾ミホ』など。

◆もう1冊 

原民喜著『原民喜全詩集』(岩波文庫)。詩作と祈りの全軌跡。

 

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