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【書評】

師匠 歌丸 桂歌助 著

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◆実直な弟子に対するやさしさ

[評者]堀井憲一郎(コラムニスト)

 桂歌丸の弟子・歌助による著作である。歌丸の死に合わせて書かれた本ではない。本の中では歌丸は元気である。

 歌助の落語家としての半生を、師匠との関係を中心に描いている。落語家の師弟というのは、本人たちにしかわからない機微がある。落語家は落語家個人に入門しないと落語家にはなれない。いまどき珍しい「個人所属」の職業である。つまり、師匠の「おまえ、辞めな」というひとことで、弟子の落語家人生は終わってしまう。師匠の意図を読み損ね、機嫌を損ねただけで失職する。

 この本にも、実際そういうシーンが出てくる。クビを言い渡されたが、ひたすら実直に謝り、歌助は何とか落語家を続けられた。人生の危機を乗り越えるのに必要なものは何か、そういうことを当書は教えてくれる。

 読んで伝わってくるのは、著者の桂歌助のどこまでも実直な性格と、師匠の桂歌丸の弟子へのかぎりないやさしさである。高座で見かける歌丸は洒脱(しゃだつ)で切れ味がよく、テレビで見かける歌丸は器用で反応が早い。先輩に可愛(かわい)がられるタイプの芸人だっただろうという想像はつく。でも師匠として、ここまでやさしい姿は意外である。甘やかしすぎではないのか、とおもえるほど、弟子の歌助を可愛がっている。他所(よそ)からは窺(うかが)い知れない歌丸の姿である。

 朴訥(ぼくとつ)で実直な歌助だからこその愛情だったのだろう。歌助の実直さは本にも出ている。たとえば、ほぼすべて起こった時間順に書いているところや、本来は隠しておきたいであろうマイナスの話も隠さずに書く、というところである。裏表のないこういう生き方をしているから、師匠に可愛がられたのだろう。そう考えると、何だかしみじみしてくる。そして本人はそこをあまり自覚していなさそうで、そこも微笑(ほほえ)ましい。

 あとがきを見ると、この本を書き上げたのは師匠の死の前月のようだ。完成本は間に合ったのだろうか、意識のあるうちに師匠に見せられたのだろうか。ついそんなことを考えてしまう本である。

(イースト・プレス・1620円)

1962年生まれ。落語家。85年、桂歌丸に入門。99年に真打ち昇進。

◆もう1冊 

桂歌丸著『歌丸 不死鳥ひとり語り』(中公文庫)。長井好弘編。

 

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