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【書評】

鏡の背面 篠田節子著

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◆「怪物」が「聖女」に?人生の真実

[評者]千街晶之(ミステリ評論家)

 イタリア・バロックの画家カラヴァッジョは素行不良で知られ、ついには人を殺した。その後は逃亡生活を送り、熱病で三十八歳の生涯を終えた。だが彼の描いた宗教画はドラマティックにして宗教的な感動に溢(あふ)れたものであり、特に晩年の作品は彼自身の罪の悔恨を感じさせる。さて、カラヴァッジョは最後に改心したのだろうか、それとも粗暴な性格のままだったのだろうか?

 そのカラヴァッジョの「ラザロの蘇生」を表紙にあしらった篠田節子の長篇『鏡の背面』は、ひとりの人間が悪人であると同時に聖人たり得るのかを考えさせる物語だ。

 薬物依存症患者やDV被害者らが身を寄せている女性専用シェルターで火災が発生し、皆から「先生」と呼ばれて慕われていた小野尚子(なおこ)が死亡した。裕福な家庭に生まれた尚子は、私財を投じてシェルターを作り、日本版マザー・テレサとも言うべき高潔な人生を送っていた。その最期も、入居者である薬物依存の親子を救って自らは命を落としたのだ。

 ところが、警察の調べで驚くべき事実が明らかとなる。焼死体のDNAは尚子本人のものではなかったのだ。何者かが入れ替わり、尚子として長年暮らしていたらしい。

 やがて判明した彼女の正体は、ある悪名高き女性だった。だが、連続殺人の嫌疑までかけられたその女性に、不幸な人々のために尽力する無私の人生が送れるものだろうか。ある登場人物は彼女を「怪物」と断じ、最後まで次の悪事の機会を狙っていたに違いないと考える。別の登場人物は、彼女の献身的な振る舞いが表向きだけの偽善のはずがないと考える。

 だが誰かの解釈に肩入れして読むと、必ず新たな事実によって覆されるだろう。物語自体も、ホラーめいた方向に進んだかと思えば合理的な解釈へと揺り戻されるなど、一筋縄では行かない構成だ。果たして「怪物」は「聖女」に生まれ変わったのか? 最後に明かされる真相は極めて戦慄(せんりつ)的だが、その解釈は読者それぞれが思惟(しい)すべき領域だ。

 (集英社・2160円)

 1955年生まれ。作家。著書『女たちのジハード』『長女たち』など。

◆もう1冊 

 篠田節子著『聖域』(集英社文庫)。作家の失踪をめぐるサスペンス。

 

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