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【書評】

ドローンの哲学 グレゴワール・シャマユー著

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◆無感覚な戦争 恐怖拡散

[評者]宮田律(現代イスラム研究センター理事長)

 米国は「戦死者」なしの戦争を考えてきたが、その結果、発明され進化したのが戦闘用のドローンである。この「遠隔戦争」の革新により、戦死・負傷したり、捕虜となったりする米軍兵士はいなくなるだろうが、ドローンの攻撃は軍人の生命を保護することによって、本来テロから守られるはずの市民たちの犠牲をもたらすことになっている。

 ドローンは国民(軍人)の生命の危険、軍事費、攻撃に対する倫理的な評価という三つのコストを低減することが本書で明らかにされる。しかし、軍事費の削減にはなるかもしれないが、三番目の倫理的な評価については比較の対象を見つけるのが困難であり、一度の攻撃の犠牲者が少数であっても、多用されればいっそう大きな悪に累積されて拡大し、倫理的な評価を大きく下げることになる。

 ドローンによる攻撃は感覚領域がそれに搭載されたカメラを通じての視覚に限定されるが、操縦者であったCIA(中央情報局)の元職員は、小さい人物たちが見え、爆発が起こり、煙が消えると、黒焦げの焼け跡が見えるだけだと語る。標的を単純化し、無機的にとらえると殺害が無感覚に、より容易になる。標的となる人物の基準も明確ではないドローン攻撃は、他国の領土の上空から主権を無視して行われる。また、標的となる人物たちの生活パターンを綿密に分析して攻撃が実行されるものの、それが標的だけの犠牲にはとどまらない。

 道徳的不正義への反発からパキスタン・タリバンの指導者は、ドローン攻撃があれば多数の義勇兵がタリバンの下に結集すると語る。地上で暮らしている人たちにとって、無表情で、正確性を著しく欠くドローンは、恐怖や悲劇をまき散らす憎悪すべき物体でしかなく、「テロリスト」の増殖に負の意味で貢献しているのである。もともと血の通うことなどない戦争の形態が、科学の発展と、イスラム世界を蔑(さげす)むような感情とが重なって、より無感覚に、残酷に変容していることを本書は明らかにしている。

 (渡名喜庸哲訳、明石書店・2592円)

 1976年生まれ。フランスの哲学研究者。近刊予定に『卑しい身体』。

◆もう1冊 

R・ウィッテル著『無人暗殺機ドローンの誕生』(文芸春秋)。赤根洋子訳。

 

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