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【書評】

ベルリンは晴れているか 深緑野分(ふかみどりのわき)著

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◆敗戦の焦土、迫真のミステリー

[評]郷原宏(文芸評論家)

 第二次大戦下のドイツ、つまり「ナチスの時代」をテーマにしたミステリーは枚挙にいとまがない。日本語で書かれた作品も少なくない。しかし、日本人が日本語で書いた作品に日本人がひとりも登場しないというケースは、きわめて珍しい。その意味で、本書は日本のミステリー史に残る画期的な作品だといっていい。

 画期的なのは、もちろん登場人物だけではない。戦中戦後の荒廃したベルリンの市街と、そこで必死に生き抜く人々の描写に圧倒的な迫力と臨場感があって、読者はたちまちナチスの時代に引き戻され、主人公と同じ過酷な運命を生きることになる。

 これはナチスの時代に生きたドイツ人作家の遺作だといっても、おそらく誰もあやしまないだろう。

 一九四五年七月、敗戦で焦土と化したベルリンのソ連統治区域で、ひとりの男がアメリカ製の歯磨き粉に仕込まれた青酸カリによって不審な死をとげた。その男クリストフは、アメリカ統治区域の兵員食堂で働く少女アウグステにとって、命の恩人ともいうべき人だった。

 アウグステは十七歳。共産主義者の両親をナチスに殺され、妹のようにかわいがっていたポーランド人の少女を奪われ、自分を犯したソ連兵を射殺した過去がある。

 クリストフ殺害の容疑者としてソ連のNKVD(内務人民委員部)の取り調べを受けたアウグステは、捜査を担当する大尉の命令で、行方不明になった被害者の甥(おい)を捜すことになる。なぜか陽気な泥棒男を道連れに瓦礫(がれき)の街を奔走する彼女の前に、次々に危険で困難な壁が立ちふさがる。

 この作品の主たるテーマが、孤独な少女の人捜しと殺人事件の謎の解明にあることは確かだが、読みどころはそれだけにとどまらない。NKVDの大尉はなぜ彼女に人捜しを命じたのか、陽気な泥棒男の正体は何者か、そもそもクリストフは本当に殺されたのか。さまざまな謎が複雑に交錯して、物語の興趣は最後まで尽きることがない。

(筑摩書房・2052円)

1983年生まれ。作家。著書『分かれ道ノストラダムス』など。

◆もう1冊

深緑野分著『オーブランの少女』(創元推理文庫)。デビュー短篇集。

 

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