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【書評】

フィフティ・ピープル チョン・セラン著

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◆一度の人生 寄り添って

[評]白石秀太(書評家)

 すれ違うだけの他人も自分と同じ一度きりの人生を全うしようとしていると思うと、見え方が変わる。隣人である韓国の人たちに対してそんな気持ちにさせられる作品だ。

 主人公は五十人以上。街を行き交う人々の声に耳を傾けたような連作短編小説だ。大学病院とその周辺を舞台に、ごく普通の人々が一章ずつ主役を務め、他の章に「ゲスト出演」もする。ガンによる余命宣告を機に、娘の結婚式を前倒しさせて全力投球で式に臨む母の物語をはじめ、生涯で訪れる予期せぬ出来事やその前後の道のりが、それぞれ数ページに凝縮されている。日本と違うようで似ている韓国の今の姿も垣間見えて面白い。

 作者のチョン・セランは一昨年、韓国で権威ある文学賞「韓国日報文学賞」に本作が選ばれた一九八四年生まれの注目作家だ。足場の不安定な現代社会に喘(あえ)ぐ人々へ常に目を向け、二〇一五年に日本語訳された小説『アンダー、サンダー、テンダー』では、心の痛みを知った高校生たちが三十代に至るまでの人生の模索を追った。同作も主要人物が複数で、他者への溢(あふ)れる好奇心は彼女の魅力の一つだ。

 作者と年齢が近い私にとって『フィフティ・ピープル』には自分を重ねる場面が多かった。その一つは、就職率向上のため文芸創作科など十数学科の統廃合が決まった大学で、講義をもつ詩人ペ・ユンナが、悲嘆に暮れる学生にかけた言葉だ。<あなたは違うよ。必要な人だよ>。私が大学で美術を専攻していたころ、四年間の勉強内容と企業が求めることとの隔たりに、周囲の誰もが苦しんでいた記憶が蘇(よみがえ)り、胸を打たれた。

 実際にあった大学構造改革を扱ったこの一編のほか、登場人物は年配から子供まで幅広く、各世代で直面する社会問題が顔を覗(のぞ)かせる。親しみやすい文章ながら、人物の怒りや虚(むな)しさも切実に描かれており、読者は自分に似た誰かを見つけられるはずだ。

 人生が偶然に交差した他人同士が、寄り添いあって理不尽な現実を乗り越えようとする瞬間の数々に、作者の強いメッセージを感じた。

(斎藤真理子訳、亜紀書房・2376円)

1984年、韓国生まれ。作家。純文学、SF、ファンタジー、ホラーなど多彩に執筆。

◆もう1冊 

チョン・セラン著『アンダー、サンダー、テンダー』(クオン)。吉川凪訳。

 

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