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【書評】

「雑」の思想 世界の複雑さを愛するために 高橋源一郎+辻信一編

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◆多様さの中に伏線的な知恵

[評]中沢けい(作家)

 高橋源一郎、辻信一両氏の共同研究「雑の研究」をもとにした対話集。

 冒頭で、辻信一氏が一九七〇年代の終わりに米国で見た郊外住宅の様子が語られる。そこには芝生を張り詰めた均質な住宅が並んでいた。米国郊外のこうした住宅は、やがて住宅ローン会社の破綻に端を発するリーマン・ショックを生み出す。十一年前のことになる。現在、米国では再び金融危機がささやかれている。

 日本でも七〇年代末になると均質な郊外住宅が出現し、マンションや団地などの集合住宅が並び、山の斜面には小規模な建売住宅が軒を連ねた。リーマン・ショックよりもさらにさかのぼること今から二十八年前、バブル崩壊の時には住宅ローンの返済ができず破産する人々を生み出した。が、現在も高層マンション建築が進み、多くの人が抱える住宅ローンは相変わらず高額だ。

 二〇一一年の東日本大震災後、経済効率優先の単純化された単線的な合理主義がますます幅を利かせるようになった。それは七〇年代から議論されて来た政治、経済、文化の多様性をすっかり忘れさせるような勢いで進んでいる。

 「雑の研究」にまとめられた五つの対話を読むと、七〇年代から重ねられてきた多様で豊かで繊細で伏線的な知恵と知識のあり方が思い出される。震災後という言葉の陰に隠れてしまった知恵の数々がよみがえる。

 高橋源一郎氏と辻信一氏が個人的な人生を振り返るようにして「雑」を概念化して行く時、そこに本を読んだ人の息遣いが伝わる読書案内が出現する。

 複雑なものを複雑なまま描こうとする文学の技法を持つ高橋源一郎氏と、多様な社会秩序がありうることを知る文化人類学者の辻信一氏。この二人が作り出す世界は、そろそろ震災後と言うびっくり仰天の驚きから解放され、煩雑だけど無限の可能性に満ちている日常の生み出した知恵を、探求しなおしてはどうかと勧めているかのようだ。

(大月書店・1620円)

<高橋> 作家、評論家。著書『日本文学盛衰史』など。

<辻> 文化人類学者。

◆もう1冊 

辻信一著『よきことはカタツムリのように』(春秋社)

 

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