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【書評】

養生の智慧(ちえ)と気の思想 謝心範(しゃしんはん)著

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◆古来、「未病」を治すために

[評]池上正治(作家・翻訳家)

 貝原益軒(かいばらえきけん)は、江戸時代の儒学者、本草学者である。その益軒に、辞世の和歌「越し方は一夜(ひとよ)ばかりの心地して八十路(やそじ)あまりの夢をみしかな」がある。一七一四年没、享年八十三歳だった。還暦をむかえる人が少なかった当時、彼は『養生訓(ようじょうくん)』の内容を、自ら実践した。

 本書では、本題に入る前に『医心方(いしんほう)』と『喫茶養生記(きっさようじょうき)』を取りあげる。前者は平安時代、丹波康頼(たんばのやすより)が書いた日本最古の医学書である。後者は鎌倉時代、禅僧の栄西が書き、喫茶の効能や製法について述べている。この二書により、読者は日本古代の医薬学にある中国の大きな影響や、仏教的な背景を知ることになる。

 『養生訓』は『医心方』などと異なり、漢文ではなく和文で書かれているが、内容は深淵(しんえん)である。それを読み解くため、「思」や「食」など五つの視点を取りいれたのは、本書の卓見である。

 「思」とは、思惟(しい)すなわち心の働きである。養生の道は『荘子』に出てくる料理の名人の話のように、豊かな心をもち、理にしたがった結果である。「行」とは、身体の動きのこと。労働も飲食も房事も、養生の立場からみれば、一定の抑制が必要である。

 「食」とは、飲食品などを体内に摂取すること。「食は天」(『史記』)であり、それは養生の要。穀物を主、肉や魚は従とし、調理法も重要である。「住」とは、空間的な環境のことで、季節や天候に留意しつつ、質素を旨とする。「衣」とは、単なる衣服のことではなく、人が身体に装着するもの全般を視野に入れている。

 こうした記述のなかによく登場するのが「気」である。現在の日本人には難解な「気」だが、江戸の人に解説は無用だったろう。本書は「生命維持するために欠かせないエネルギー」など数種類の基本理解を紹介している。

 「未病(みびょう)」を治す、すなわち病気になる前に解決する、という古代中国の医薬学の考えがある。その思想と方法が『養生訓』に流れているという本書の主張に、現代人は耳を傾けるべきであろう。

(講談社選書メチエ・1998円)

1953年、中国生まれ。武蔵野学院大教授。著書『真・養生学』など。

◆もう1冊 

立川昭二著『すらすら読める養生訓』(講談社+α文庫)。現代語訳付き。

 

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