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【千葉】

島村洋二郎に光を 37歳で死去した画家の詩画集 

島村直子さん(右)と、茶話会を企画した奥山恵さん=柏市で

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 三十七歳の若さで世を去った画家・島村洋二郎の詩画集を、めいで柏市に住む元小学校教諭の島村直子さん(66)が自費出版した。詩画集のタイトルは「無限に悲しく、無限に美しく」。魅力あふれる伯父の作品を広く知ってもらいたいと、三十年にわたって探し出した、オイルパステルで描いた人物画や、油絵、デッサンなど約八十点を収録した。来月十二日には、市内の児童書専門店「ハックルベリーブックス」で、出版を記念する茶話会が開かれる。 (堀場達)

 島村洋二郎は一九一六年四月、東京で生まれた。名門の旧制府立第四中学校(現都立戸山高校)を十八歳で卒業後、同じく名門の旧制浦和高校(さいたま市)に進学したが、画業に専念するため、半年で中退した。

 従軍画家として、中国大陸に渡った後、肺結核を発病、戦後も入退院を繰り返し、五三年七月に永眠した。最晩年も創作を続け、死の数日前まで、個展を開いていたという。

 洋二郎は、社会的な知名度こそ決して高くなかったが、哲学者の故矢内原伊作さん(一九一八〜八九年)ら親交を結んでいた知識人の間では、その作品を高く評価され、愛された。

 直子さんが、洋二郎の作品を探し、生涯を調べるきっかけとなったのは、詩人で美術評論家の故宇佐見英治さん(一九一八〜二〇〇二年)の著作の表紙に、洋二郎の遺作が使われていたことだった。八四年に松戸市内の書店で、この著作に偶然出合い、ページを繰るうち「伯父のことが書かれていて驚いた」と振り返る。

 直子さんはそれまで、伯父が後世に名を残すほどの画家とは思っていなかったという。ただ実家には一枚だけ人物画の遺作が飾られていた。「丈夫ではなかった思春期。その絵を見ていると『笑って生きていけ』と励まされた」

 「伯父さんの絵をもっと知りたい」と、直子さんは八四年から遺作を探す旅を始めた。宇佐見さんから洋二郎の交友関係などを聞き、教職の傍ら、絵を見せてもらったり、生前の様子を教えてもらったりするため、各地に足を運んだ。三十年以上を経て、洋二郎生誕百年の昨年の暮れに出版することができた。

 残っている遺作は、人物画がほとんどで、何かを語りかけてくるような眼力を感じさせるのが、共通する特徴だ。直子さんは「エネルギーを受け取れる感じがする」という。

 直子さんには、三歳の時に米国人の養子となり、音信不通になっている洋二郎の次男で、いとこの「鉄ちゃん」がいる。「同い年の鉄ちゃんにこの詩画集を届けてやりたい」と話している。

 ハックルベリーブックスを営み、二〇一三年に洋二郎の没後六十年展を企画した奥山恵さん(53)が今回も協力。二月十二日の茶話会は、午後三時からと、同六時半からの二回で参加費三百円、講演やミニアートワークなどを予定している。「島村洋二郎詩画集 無限に悲しく、無限に美しく」(コールサック社)は千五百円。いずれも問い合わせは、ハックルベリーブックス=電04(7100)8946=へ。

 

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