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【千葉】

<千葉は今 東日本大震災6年>自主避難者は今 新たな岐路「どこに住めば」

福島市から自主避難した女性に届いた住宅退去用の書類=千葉市で

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 東京電力福島第一原発事故に伴う被ばくの影響を心配する娘を思いやり、シングルマザーの女性は二〇一二年、娘たちと故郷の福島市を離れ、千葉市内に自主避難した。「行き先が決まらず不安」。事故から丸六年を迎える今、女性は引っ越しを迫られている。

 国の避難区域外からの自主避難者に対し、福島県は三月末で住宅の無償提供を打ち切る。女性の住まいは、千葉市が大家から借り上げ、福島県が家賃を補助してきた。女性は三月末での住宅退去届を千葉市に提出した。大家に理解があり、六月ころまで住み続けられるが、家賃負担は重く、引っ越し費用も工面しなければならない。

 娘は就職するなど、子どもたちは独立し始めた。だが福島市の自宅は人手に渡り、同市で一人暮らしをしていた女性の父親は一昨年、亡くなった。「福島に帰る場所はない」

 「子どものことを考え、昨年、松戸でしばらく暮らそうと決めた」。原発事故直後、妊娠していたこともあり、福島県いわき市から避難した小野深雪さん(37)。四月以降も夫(34)と一緒に、松戸で生まれ、今春小学校に進む長男(5つ)らと松戸で暮らすことを選んだ。

 小野さんは一一年の夏、いわき市で空間放射線量を測った。その数値がいわき市が公表していた数値より高かったことなどから、すぐにふるさとに戻ることは断念していた。

 松戸での生活が落ち着き始めたころから、自主避難する母親たちの集いに参加し、「原発事故を終わったことにさせてはいけない」との思いが強くなった。一五年六月、国と東電の責任を問うため、千葉地裁での損害賠償請求訴訟の原告となった。

 いわき市から館山市に自主避難する細矢秀雄さん(65)は昨年九月、市営住宅に入居できた。「希望のないところから少し抜けられたかな」

 細矢さんは一二年三月、除染対応の行政の鈍さへの不安から体調を崩した妻(48)と館山市に移り住んだ。

 館山市で働く妻の収入と細矢さんの年金では、住宅無償提供の終わった後の住まいや暮らしは見通せなかった。それを懸念した妻は昨年六月、再び体調を崩した。

 「三月末に館山を離れて、自殺しようと話していた」と細矢さんは明かす。福島県や避難区域の解除を進める国は「避難者をいない存在にしようとしている」と映る。

 千葉県によると、福島県からの自主避難者は一月末で二百三十四世帯。二月十日までの意向調査では約百六十世帯が千葉県での生活を希望している。自主避難者の住宅支援は、福島県は四月以降、所得制限を設けた上で一年間は月額最大三万円、一八年四月から一年間は同二万円を補助する。千葉県は県営住宅の優先入居枠を五十〜六十戸設ける方針だが、入居は早くて六月からになる。

 シングルマザーの女性は「今後、避難者も高齢になって足腰が弱り、一人で暮らす人が増えてくる」と心配する。小野さんも「働けない年代の人や体調に問題がある人は、今も大変だと思う」と危ぶむ。

 船橋市で今月四日開かれた避難者交流会でも、自主避難する女性から「敷金とかまとまったお金が必要だけれど、借りるのも難しい」との声が上がった。

 事故から十一日で六年。新たな岐路に立つ避難者に、一人一人の事情に応じた支援が求められている。 (飯田克志、中山岳)=終わり

 避難者支援団体「避難の協同センター」(東京都新宿区)は、住まいが決まっていなかったり、経済的に困っている避難者の相談を受け付けている。平日の午前10時〜午後5時、相談電話=070(3185)0311=へ。

 

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