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【千葉】

<ひとキラリ>「日本百名山」を完全制覇 千葉市の小5・福田星太君

祖父母や親戚らと一緒に百名山制覇を喜ぶ星太君(中央手前)=徳島県の剣山山頂で

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 千葉市中央区の星久喜小学校五年の福田星太(しょうた)君(10)が徳島県最高峰の剣山(つるぎさん)(一、九五五メートル)登頂に成功し、「日本百名山」を完全制覇した。日本山岳・スポーツクライミング協会(東京都渋谷区)は「千葉に百名山はなく高い山もない。そのような環境で小学生が百名山を制覇するのは初めてでは」と驚く。星太君は、登山愛好家の父道生さん(54)と共に登った八年間を振り返り、「登山は一歩ずつ。『世の中全ての物事も一つ一つの積み重ね』と学んだ」と笑顔で話す。 (美細津仁志)

 日本百名山は小説家で登山家の深田久弥(きゅうや)さん(一九〇三〜七一年)が原則標高千五百メートル以上の山から選んだ名峰。六四年に出版された随筆は半世紀以上たった今もなお読み継がれている。

 星太君の百名山デビューは二〇〇九年、二歳半の時に家族旅行で訪れた長野県の美ケ原だった。山頂の王ケ頭(おうがとう)(二、〇三四メートル)まで、緩やかな道を一時間ほどかけてハイキングをしたのが始まりという。

 その後、会社員の道生さんが休みの週末に一緒に山登りに出掛け、五歳の夏には富士山(三、七七六メートル)に初登頂した。その秋、長野県と富山県にまたがる白馬岳(しろうまだけ)(二、九三二メートル)に挑戦。靴に滑り止め用の金具「アイゼン」を装着し、「大雪渓」と呼ばれる万年雪の上を行く小さな姿に、周囲の中高年の登山客が目を見張ったという。

 三年前には七歳で岐阜と滋賀の県境にある伊吹山(いぶきやま)(一、三七七メートル)に登り、折り返しとなる五十峰を達成。このころから百名山制覇を視野に入れ、年間二十〜三十峰を登ってきた。

 ことし八月、九十九峰目となる富山県の剣岳(つるぎだけ)(二、九九九メートル)へ。ほぼ垂直にそびえ立つ岩場を鎖をつかんで登る「カニのタテバイ」など超難所にアタックした。「足を滑らせたら、谷底まで落ちる怖さがあった。一番きつい山だった」

 最後の剣山は初心者でも比較的、登りやすい。九月九日、これまで応援してくれた祖父母や親戚らと約十人で山頂を目指した。百峰目のゴールを山小屋の主人や他の登山客も祝福してくれたという。

 「山登りは苦しいけど、無事、下山して装備をほどいた時の達成感は格別」と星太君。苦しい登りでは、道生さんと「もうこんなに高いところまできた」「人の足ってすごいね」と親子で励まし合いながら踏破してきた。

 周囲も驚く晴れ男で、雨で山に登れなかったのは二回だけ。登山のため特別なトレーニングはしていないが、塾や友達の家に行く時は、いつも全力疾走。そのせいか、山では大人を基準とした一般的なコースタイムより早く歩ける健脚が自慢だ。山登りの朝は「急な上り坂でも粘れるように」と納豆巻きを食べて願掛けするという。

 登山の楽しみの一つが、山小屋で買ってもらうお土産のピンバッジだ。山の形や思い出が一つ一つ違うように、バッジのデザインもさまざま。帰宅すると真っ先に百名山の名が書かれたのれんに付けてきたという。

 母親の朝子さん(47)は「人気アニメ『妖怪ウォッチ』で、主人公が妖怪と友達になってメダルを集めるのと同じような感覚で集めたようです」と笑う。その言葉通り、星太君は「ピンバッジのある山は、僕の友達になった山です」と胸を張った。

 

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