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【千葉】

<ひとキラリ>IBFスーパーバンタム級王者・岩佐亮佑選手 大勢のファンのおかげ

「中身の濃い習志野高時代があったからこそ、今の僕がある」などとも語った岩佐亮佑選手=習志野市役所で

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 国際ボクシング連盟(IBF)スーパーバンタム級チャンピオンの岩佐亮佑(りょうすけ)選手(27)が十月三十日、習志野市役所を訪問した。市立習志野高校時代に「高校三冠」を達成するなど、チャンピオンベルトに向けて順調に歩みを進めていたが、二年前に初の世界戦挑戦に敗れ、「僕は世界チャンピオンになれる人間なのか」と半ば夢をあきらめかけた。どん底から立ち直れたのは「応援してくれる人がいたから」と振り返る。 (保母哲)

 柏市出身の岩佐選手は中学生時代、地元のジムでボクシングを始めた。幼いころから格闘技が好きで、「強い男になりたいと思っていた。テレビで見たK−1にあこがれた」と回想。父親がボクシングを勧めたのがきっかけだった。

 習志野高校時代には高校総体(インターハイ)、選抜大会、国体の「高校三冠」を達成。卒業後にプロとなり、日本バンタム級、次いで東洋太平洋バンタム級の王座に就いた。

 世界王座獲得に向け二〇一五年六月、英国で初の世界戦に臨んだものの、TKO負けを喫した。「僕はボクシングを続けていい人間なのか」と悩み、「引退」の二文字が初めて頭に浮かんだという。

 「そこで踏ん張れたのは、応援してくれる大勢の人がいたから」。声援を送ってくれるファンのほか、練習環境を整備してくれたり、資金を拠出してくれた人たちのことが脳裏をよぎった。「自分に甘かった」と反省し、一層練習に打ち込んだ。

 今年九月、二回目の世界戦挑戦でタイトルを奪取。「高校卒業後、二、三年で世界チャンピオンになれる」と評されてきただけに、「長い道のりだった。(プロ入りから)九年かかり、やっとチャンピオンになれた」と振り返る。

 サウスポーで、高校生時代からの目標は「一発も打たれずに、美しく勝つ」。現在の戦績は二十六戦二十四勝(十六KO)二敗。ボクシング界の頂点に立ったが、世界にはIBFのほか、世界ボクシング評議会(WBC)、世界ボクシング協会(WBA)、世界ボクシング機構(WBO)の四大タイトルがあることや、他階級があることを引き合いに、「ボクシングには、もっと上がある。(本当の戦いが)始まったな、という気持ち」と口元を引き締めた。来年初頭にはチャンピオン防衛戦が待ち受ける。

 習志野市役所では、宮本泰介市長に世界チャンピオンになったことを報告。宮本市長は「これからも研さんと実績を重ねてほしい」と、岩佐選手を激励した。

 

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