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【千葉】

貝塚伴う遺跡、例ない規模 船橋・取掛西遺跡の調査報告

縄文期の遺跡について講演する阿部芳郎教授(左)=船橋市で

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 国史跡の指定を目指し、本年度から本格的な発掘調査が始まった船橋市の取掛(とりかけ)西貝塚の調査結果を報告する講演会が一日夜、市内であった。縄文時代に詳しい明治大学文学部の阿部芳郎教授(58)は講演後、縄文早期(約一万年前)の遺跡であり、竪穴住居跡が直径百メートルの範囲内で多数出土したことについて、「貝塚を伴った遺跡が、これほど大規模に出土した例は(国内に)ない」と明らかにした。

 取掛西貝塚は船橋市飯山満町から米ケ崎町にかけての台地にあり、面積は約七万六千平方メートル。一帯では宅地開発などに伴う発掘調査が一九九九年度以降、計五回行われている。その結果、約一万年前に何らかの儀式をした国内最古の「動物儀礼跡」や、竪穴住居、ヤマトシジミなどの貝塚が多数見つかっている。

 市は、市内初の国史跡を目指して本年度から三年間の学術調査に着手した。講演会は今年六〜九月に行った調査の報告会として開かれ、市埋蔵文化財調査事務所の職員が調査結果を発表した。

 講演で阿部教授は、市内には縄文時代初期から後期にかけての遺跡が多数あることに着目。縄文前期は気温の上昇期、後期は下降期だったとして、「取掛西貝塚と他の遺跡を調べることで、縄文人が気候変動にどう対応したかを知ることができるはず」と提案した。

 講演後の取材に阿部教授は「一万年前になぜ、この場所に、これほど大規模な集落が造られたかは不明だ。当時の海岸部からも離れている」と指摘。「近隣に同時期の貝塚もなく、取掛西貝塚には謎が多い」と話した。 (保母哲)

 

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