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【千葉】

<ひとキラリ>「現代の名工」製銑工・大池さん 今後は名に負けぬ仕事を

「先輩の背中を見て仕事をしてきたことが大きい」と語る大池博美さん=千葉市中央区で

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 鉄を造る工程で欠かせない溶鉱炉の操作を約三十八年続ける千葉市中央区のJFEスチール東日本製鉄所の製銑(せいせん)工、大池博美さん(58)が、卓越した技能者を表彰する「現代の名工」に選ばれた。「職場の先輩の背中を見て仕事を続けてきた結果。今後は名工の名に負けない仕事をしたい」と話す。 (中山岳)

 職場の第六溶鉱炉は、高さ約百メートル。溶鉱炉の中に原料の鉄鉱石などを積み、熱風を吹き付けて溶かす「製銑」を行う。「銑鉄(せんてつ)」と呼ばれるドロドロの鉄は、温度が千五百度に達する。第六溶鉱炉では一日約一万一千トンの銑鉄を生産する。

 溶鉱炉の内部は見られないが、温度、圧力、風量など五百以上のデータをもとに状況をつかみ、原料の量や、熱風の強さや温度を調節する。知識と経験に加え、判断力も必要な仕事だ。「溶鉱炉の中は常に変化する。自分が指示した操作で効果が出るとうれしい」とやりがいを語る。

 幼いころからプラモデル作りや、手先を動かすことが好きだった。千葉工業高校で学び、実習で小さな炉を使って製銑を体験。ものづくりに興味がわいた。高校の校舎からは、JFEの前身にあたる川崎製鉄千葉製鉄所が見えた。一九七八年に高校を卒業し、同社に就職。「鉄が生まれる最初の工程をやりたい」と、第六溶鉱炉の勤務を希望した。先輩たちの仕事ぶりを見て、学んできた。

 「転機になった」というのが、九八年の溶鉱炉の大規模な改修工事だった。一部の装置の更新を担当し、「機械設備の担当者など多くの人と議論しながら、工事をやり遂げた。溶鉱炉の操業だけでは得られない貴重な経験だった」と振り返る。

 仕事に打ち込んだ半生。妻からは「会社大好き人間ね」と言われることも。現在は、千葉の製銑部の統括として約六十人の部下たちを束ねる。「第六溶鉱炉は自分の一部で、愛着がある。まだまだこれから、後輩たちに炉のことを伝えていきたい」

 

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