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【千葉】

ロケット研究発祥地・千葉市の歴史を今に NPO法人が記念碑

「千葉市は日本のロケット研究発祥の地」と伝える記念碑=JR西千葉駅北口で

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 約60年前、千葉市稲毛区にあった東京大学生産技術研究所で進められたロケット開発研究の歴史を伝えようと、NPO法人「ちばサイエンスの会」が、JR西千葉駅北口(同市中央区)に記念碑を建てた。記念碑は、研究の中心メンバーで「日本の宇宙開発の父」と呼ばれた故・糸川英夫博士(1912〜99年)の功績などを伝えている。 (中山岳)

 記念碑は、千葉市在住の彫刻家青木三四郎さんが造り、高さ約二メートル十センチ。「千葉市は日本のロケット研究発祥の地」と文字が彫られ、地球から宇宙に飛び立っていくロケットも表現した。ちばサイエンスの会が寄付金など約三百三十万円を集め、十一月十六日に設置。同二十一日に市に寄贈した。

 同会などによると、糸川博士らは五四年、東京大学生産技術研究所で観測ロケットの研究に着手。長さ二十三センチの初の国産ロケット「ペンシルロケット」を完成させ、五五年に東京都国分寺市で水平発射実験を行うなど、六〇年代までさまざまな研究を重ねた。こうした研究の成果が、大型ロケット開発につながった。

熊谷俊人市長(左)に記念碑の目録を手渡した、ちばサイエンスの会の貫井正納理事長=千葉市役所で

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 日本の宇宙開発をリードした糸川博士の名は、探査機「はやぶさ」が二〇〇五年に到着した小惑星「イトカワ」の名前の由来にもなった。

 十一月二十一日に千葉市役所であった記念碑の贈呈式では、同会の貫井正納(まさのり)理事長(78)が、熊谷俊人市長に目録を手渡した。貫井さんは「千葉でロケット研究をしていた歴史を知る人は少なくなり、記念碑をきっかけに、多くの子どもたちに知ってほしい」と話した。熊谷市長は「私たちのまちが科学研究の一大拠点だったことを、今後も伝えていきたい」と話した。

 

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